11,補足資料                  
“ 不動産賃貸借に於ける
 
            経済的メカニズム ”
 
                      平成3年6月20日
                      平成3年7月22日
               於借地借家問題研究会例会
                発表者   滝川あおい   
 
   ★ 社会的・経済的・法律的に理想とされる借家関係 ★
 
   家主→長期の安定収入を確保すること
   借家人→少ない経済的負担で建物を利用すること
 
 
   家主→自己所有の建物を賃貸させることによって、経済的収益をあ      げることが目的であるから、家賃の適正な値上げがままなら      ない、あるいは家屋の建て替えの際の立ち退き料が膨大、とい      うことになれば賃貸に対する意欲をそぐことになる。しいては、借家の供給の促進に歯止めをかけることになる。
 
   借家人→近時においては、地価の高騰により、持家取得が非常に困      難でありしく、家賃まで、地価高騰のあおりを受けるようでは、住居の確保が不可能な状況になる。また、支払い能力のある借家人にとっても、家賃は固定費であることから、コスト高により、物価に影響を与え、経済全体の底が上がって経済が硬直し、人々や、企業の首をしめることになる。
 ※最近の不動産賃貸借事情は、地価高騰により、上記のような理想的な関  係から程遠い現状となっているが、個別的な問題解決の是非ではなく
  現状の社会において賃貸借の問題をどう位置づけるかという視点が
  必要なのではないだろうか。
1,借地権・借家権の物権化現象
 
 賃貸借は基本的には、債権である。
  債権とは? 特定の人に対して、特定の行為を為さしめる権利
  物権とは? 一定の物を直接支配して利益を受ける排他的な権利
 
 近来、借地権・借家権の物権化が起こっているといわれているが…
 
1)借地権の物権化現象
 
  【法律的要因】 
     借地権への対抗力の付与
     1909年(明治42年) 建物保護法第1条
      宅地の賃貸借については、その上に登記した建物を有すると      きは、第3者に対抗しうることになった。
 
    借地法の制定 (1921年 大正10年)
      存続期間を強固にする。(借地法第2条関係)
 
    正当事由の出現 (1941年 昭和16年)
      正当な事由なしには、借地権を終了させ得ないものとする。      (借地法第4条関係)  
      その後、戦後にかけて、住宅事情の悪化に伴い、正当事由は
      地主もさることながら、借地人側の事情も斟酌されるべきで      あるという判例が確立するに至った。
 
    借地非訟制度の導入 (1966年 昭和41年)
      増改築制限のある建物の増改築及び、借地条件変更が可能と     なり、譲渡さえもがみとめられるようになり、借地権が
さらに強固になった。
(借地法第9条の2関係)
 
【経済的要因】
   地価高騰に伴い、貸地の供給が漸減してゆき、本来的には単なる
  双務契約上の権利に過ぎなかった借地権は、相続税上、土地収用の補償金の扱い等、行政上、画一的な取り扱いがなされるようになり、一種の物権的な権利となり、価格を有するようになり、独立の財産として取引の対象となってきた。
 
2)借家権の物権化現象
 
    借家権への対抗力の付与
    1921年(大正10年) 借家法第1条
     賃借人が建物の引き渡しを受けた後にその建物を買った人がい     ても、新しい建物所有者は、建物の賃借人の権利を否定するこ     とは出来ない。
 
    正当事由の出現 (1941年 昭和16年 )
     正当な事由なしには、借家契約を終了させることは出来ない。
     (借家法第1条の2)
 
 【借地権との相違点】
    借家権の譲渡に関しては、非訟事件手続きの規定はなく、
    借家権そのものが、独立の財産として、取引の対象となることは、    まれである。
 
    判例上、正当事由を補充するための金員をつけることによって、     賃貸人による解約を認めることがかなり広く行われている。
    (借地権の場合は、正当事由をなかなか認めない。)
 
※借地権が限りなく物権に近付いているといえるが、借家権は、まだ物権と 債権の中間領域にとどまっているといえる。
 
2,消えゆく借地権    
 
  借地権→もともとは建物保護を目的とする権利であって、
      当初は借地権を売買の対象とすることは、
      考えられていなかった。
 
 
【借地権価格の発生】
  借地権は、当該土地の個別事情、例えば、借地契約の既存期間、
地代、更新料授受の有無などによって差異があるが、相場は下記の
通りである。
       通常更地価格の6割から7割
        賃借権なら6割
        地上権なら7割
        営業用地であれば8割から9割
      (税務署備え付けの路線価図を参照)
          ※実際の取引価格とは多少の差異がある。
          ※東京23区内の木造住宅の場合には、
           借地権の割合が更地価格の7割という
           評価が定着した。
 
 
【人々は借地権よりも
     所有権を選択するようになった】
 
  借地権の物権化傾向が強くなり、財産的価値が高まってきたとき、借 地権がより一層利用されるようになってきたかというと、事態は逆の方 向にうごいている。人々はむしろ、借地権よりも所有権を選ぶ傾向を強 めた。
 
【所有権を選択する理由】
 処分するときに地主の承諾または裁判所の許可が必要な借地権に
 比べれば、所有権の方が処分しやすい。
 借地権は担保価値が少ない。
       →底地を買い取るなど方法で、借地権を所有権に
        切り替えたいという意向が強くなった。
 
 借地人が相続した場合
  相続人が遺産分割する段になると、借地権を処分しないと
  遺産分割が出来ないケースも多くなった。
       →特に、借地権の評価が高くなった場合、問題。
 
 地主の意向
  半永久的に土地が戻って来ないならば、安い地代でいつまでも
  底地を所有しているよりも、底地を売却して現金化したほうがよい。
 
 
 地主が死亡した場合
  相続税を支払う段階になると、底地を売却せざるを得ない
  必要性に迫られた。しかるに、底地のみの単独売却では、非常に低い  価格でしか売却が出来ないことから、借地人に買い取ってもらうなど  の方法を取らざるを得ない。
 
 
 更新料の支払いを巡るトラブルが多発
  都心部(関東圏)では、更新料の支払いが慣行化している。
  しかし、法律的には、特約がない限り、支払いの義務がないことから、  トラブルが絶えず、特にに地価高騰に伴い、更新料も多額になると、
  むしろ、底地を買い取ったほうが得と考えるようになった。
  あるいは、資力のない、借地人は、地主に借地権を買い取ってもらう  ほうがよい場合もでてくる。
 
 地代の増額、増改築の許可等を巡って、地主と借地人にトラブルが
 発生することが少なくない。一旦トラブルが発生すると、契約関係を存 続させながら、長期の裁判をしなければならなくなる。
 
 
 借地権は、当初は少ない経済的利益で土地を利用出来る点でメリットが あり、地主と借地人の経済的な利害が一致していたが、借地権の
 経済的価値が高まるにつれて、経済的利害のギャップが大きくなり、
 矛盾解決の良策が見つけにくくなった。
 
 
 新規借地権設定契約の際の権利金は、借地権価格に相当することなどか ら、経済的負担がそこまで大きくなるのなら、借りるより買う、という ことになって、新規の借地契約が、少なくなった。
 
   参考)東京圏
    宅地のうち、借地の占める割合
    1963年      46.7%
    1988年      14.5%
    1991年      約10%か?
 
 大きな流れからみると、建物保護の目的からスタートした
 借地権は、その物権化で、一応の目的を達成したとも言える。
 
 物権化によって、所有権に近づくにしたがって、
 逆に人々に敬遠されるようになった。
 
 終戦直後に成立した借地権は、昭和40年代に相続の時期にさしかかる と、所有権に切り替わり、昭和50年代の更新時期にこの傾向は一般化 していった。
 
【借地に関する典型的
         相談パターン例】(税務)
 相談者A 父親が亡くなったが、配偶者がいないため、相続税は70% (地主) そのうち200m2の底地だけを取り上げても、
   土地の評価は 5600万円(70万×200m2×底地割合4割)
   相続税は   4000万円
   延納金    年間200万円(4800万×年4.8%)
       借地人も時価(1億円)以上で底地を買い取るのは無理
 
 相談者B 165m2の借地の更新と建替えを地主に相談したところ、
  (借地人)1500万円の更新料と、建替え承諾料(更地価格1億5      千万円の1割)を要求された。その後の交渉の結果、何とか      1000万円で決着はついたものの、建築計画の予算は
      大幅に狂ってしまった。
 
【借地に関する問題解決
                   基本パターン】 借地権者が地主から底地を買う。
 地主が借地権者から借地権を買う。
 地主、借地権者が一緒に売却する。
 底地と借地権を交換する。
 地主と借地権者がディベロパーと等価交換する。
 地主と借地権者が各々単独で売却する。
 
※ 以外の解決方法は、全部借地権を消滅させる方向での
解決方法であることに、注目すべきである。法律は、 の場合のみを
想定し、非訟事件手続きを設けているが、実際には解決方法としては
希である。
  理由1、借地権の担保価値は劣っている。
    2、単独売却では、2〜3割安くでしか売却不可能である。
 
★ 借地権が、債権と物権の中間領域をしめるという不動産賃貸借の個性を失って所有権に近付いたために、
かえって自らの存在理由を失っていったといえる。
 
【借地権の歴史的役割】
 地震売買の弊を防止し、賃借人の建物の安全性を確保した。
 経済の発展に伴い、企業に土地を提供して、産業の向上をはかった。
 戦後は、逼迫した住宅事情にこたえ、宅地を提供した。
 最近では経済的価値を備えて、取引の対象となり、借地権を持っている人々や企業を経済的に潤した。
    →しかし一方で多くの借地権は姿を消して行った。
結果的にみれば、借地権とは、土地の所有権の再分配のための
触媒であった。→緩慢な土地改革
 
★定期借地権の新設が
  借地権の所有権化に
     歯止めをかけることになるか?
   日米構造協議の公約の一つ、土地の有効利用の要請から生まれたと  いえる借地・借家法の改正ではあるが、法律の改正だけでは、土地の  有効利用や、借地・借家の供給増への展望は開けない。
   たとえば、定期借地権の導入による、権利金の発生を、どのように  課税するか、借地権価格の評価をどうするかによって、そのような借  地権の選択がされるかどうかが決まってくる。
   法律の改正に加えて、それに関連する制度や、政策も同時に見直さ  なければ実効性はないのではないか。
 
 
   ※定期借地権に関する税務上の取り扱いは最も注目すべき点である。
3,借家関係の迷走      
 
1)借家権の物権化の是非
  〜借家権が借地権と同じように限りなく所有権に近づいてよいのか?   問題点
     処分可能性を与えることの是非
     独立の財産として評価することの是非
       →大都市の繁華街では、造作譲渡という変則的な
        形態を借りて例外的に行われているに過ぎない。
       →借家権の財産的評価は、立ち退き料あるいは
        正当事由補充金を算出する必要があるときに
        はじめて出て来るものであって、独立の取引の対象
        として借家権の価格が評価されている訳ではない。
 
2)頻発する建物明渡請求事件、家賃増額請求をめぐる紛争。
 
   全国の地方裁判所を第一審とする新受事件のうち
     建物明け渡し事件は、
      1979年(昭和54年) 5033件
      1989年(平成元年) 15746件 →約3倍
     建物明け渡しを除く事件
      1979年(昭和54年) 88699件
      1989年(平成元年)  95224件 →7%増
 
   もともと裁判所は明け渡しを容易に認めないため、実際の明け渡し   を巡るトラブルは、裁判所に持ち込まれる事件数よりもはるかに多   いことを考えると、立退料の価格や、家賃増額に関する紛争含めて、   借家に関わるトラブルは、社会病理的な現象といえる。
               ↓
       この病理現象の原因は何か?
       そのメカニズムを解明する必要がある。
 
【家賃上昇がもたらす弊害】
 
 店舗用、事務所用の賃貸借においては、家賃の占める割合が増大し、業種によっては成り立たないものも出てくる。
 住宅用の賃料もあがり、住宅の安定は危機に瀕する。家賃の安いアパートが少なくなり、低所得者層や高年齢層は住むところがなくなって、居住の条件が一層悪くなる。
 家賃の増額を巡る紛争が多くなる。紛争が立ち往生して、家主の賃貸意欲をそぐことになる。紛争を避けるため、賃貸するより、売却を待って空き部屋にしておこうとする。
 住宅費の割合が増大し、必然的に賃金は押し上げられる。企業は安い労働力を求めて、外国人労働者に目をつけるが、外国人労働者は苛酷な居住条件を強いられることになる。⇒賃貸借は労働者の行方と因果関係がある。
 
 家賃の値上げは固定費を増大させることであるから、経済全体の底上げをすることである。
 
                 
  狂乱地価・バブル経済により、再開発ブームが起こり、取得した土地の上に新しいビルが建ち、新しい家賃が設定され、これまで投入された資本は回収に向かう。新規家賃は、投入された資本が多ければ多いほど高く設定される。                 
  バブルは泡となって消え去らず、
       高い家賃となって
             社会経済に定着する。
 
  所有権は、賃借権などの用益を目的とした権利が生まれ、
 抵当権など の担保を目的とした権利も生まれて法律関係が発生し、
 また経済も機能 していく。
 
   賃貸借の歴史的由来⇒封建社会が崩れ、資本主義経済が生まれたとき、
            土地から解放された労働力が都市に集中し、これに            よって必然的に成立した。
★  賃貸借は、私たちの日常生活に深く根差しているゆえに、貸主にとっても、借り主にとってもより安定した関係が望まれるところである。       ★
  →狂乱地価は家賃・立退料を吊り上げてしまった。調停をしても、裁判を しても、家賃の急激な値上げが認められるようなことになれば、それは結局 狂乱地価を肯定したことに他ならない。
 
       [地価は下がらない]
 
#狂乱地価はどのようにして起こったか?
     土地神話?土地は絶対に値下がりしない。
 
     将来の需要が先取りされ、先取りされた価格が高く設定された。
       →カネ余り現象が需要が供給を大きく上回るという予測と結び        ついた。
 
     借家人に莫大な立退料を支払うため。
       →裁判にかけても、いわゆる正当事由はかなり厳格に解釈する        傾向にあり、家主が勝訴する見込みは少ない。勝訴するとし        ても、最低3年はかかる。時間を買い取るために、借家人の目の        前に札束が積み上げられる。
 
     税法上の優遇措置を受けるため、地主や借地人は代替地を求めて、高     い物件を探す。
       →同じ品物なら高いものより安いものを買うという一般的で健        康な経済観念はここで捨てられてしまう。
 
                   
 “ 虚の価値”が付加された地価は実質地価を大きく上回って独り歩きを始 める。“虚の価値”は消えずに、実数としようとする、強烈な力がかかって くる。実体のなかったはずの“虚の価値”は、先取り された需要のレベルまで、 他の物価 を引き上げようとする。
 
     虚の価値が設定された土地にビルや住宅が建てられ、賃貸される。     家賃は虚の価値を前提にして設定され、実数になっていく。
 
     土地の評価額が上がり、上昇した固定資産税等は、また家賃の一部     に入り込んで行く。
 
     店舗や事務所を借りている人、企業は高い家賃を製品やサービスコ     ストの中に入れる。
 
     住まいを借りている人は、高い家賃に追われ、いきおい労賃は上が     らざるを得ない。
                   
  これら一連の動きが
      物価を吊り上げる
         インパクトになる。
 
# 狂乱地価の真に恐ろしいのは、虚の価値が実数になって動き始めるところにあるといえる。
 
[ 新規家賃が高く設定されるように                      なった理由 ]
  建築ブームにより人手不足がおこり、工賃が吊り上がった。
 
  建築資材も高騰した。
 
  付加価値の加算
   →新築の建物ではなくても新規の賃貸借の家賃も高くなった。
        地価の暴騰が家賃に潜入している。
4,狂乱地価と家賃の高騰
           →不動産鑑定の矛盾
 
 私たち法律家がもっとも遭遇する借家関係の紛争は次の2点である。
 
      継続家賃
      立退料
 
 継続家賃→賃貸借継続中の家賃
    法律上の根拠 →借家法7条,ほとんどの賃貸借契約書に明記
 
  継続家賃の設定に関し、紛争が起こったとき、家主と借家人の間で話し合  いがつかない場合、舞台は裁判所に移される。
               ↓
  家主は訴訟を提起したりまたは調停を申し立てたりする。
 
   →結果的には、調停または、裁判上の和解にて決着がつけられることが    多い。その際、調停委員の中に不動産鑑定士が入ったりなどして、不    動産鑑定士の鑑定が影響を及ぼす。
               
    不動産鑑定が妥当かどうかが
          問題である
 
【横行する不当鑑定】
 
  利回り方式→土地、建物から生ずる純収益に建物を賃貸するに必要な諸経        費を加算する。
            計算の基礎→土地価格×期待利回り
  差額分配方式→土地、建物の経済的価値に即応した家賃(正常賃料)算出         し、それと現在の家賃(実際支払い賃料)との差額を家主         と借家人に配分する。
            計算の基礎→利回り方式が基礎になる
 
  賃貸事例比例方式→近隣の同類型の継続家賃を探り、比較対象して計算す           る。
  スライド方式→現在の家賃にその後の変動率をかける。
            変動率→地価変動率、路線価変動率、
                消費者物価指数、家賃指数など
  総合方式→ から の方式の複数の方式によって算定された価格を
       加重平均
         ★ 判例の内50%が総合方式
 
  と の方法は、土地の時価を基礎に算定することにるので、前の家賃とのバランスを失しやすい。 と の方法は鑑定方法から排除すべきである。
 
【理由】
   土地の価格をコストとして家賃に算入することは、新規家賃を設定する   ときに既に行われている。地価の上昇分は継続家賃に算入しなくてもよ   い。
 
   地価上昇分を継続家賃に組み入れれば、利益は家主に帰し、不利益は借   家人に帰すことになり公平に欠く。
 
   当該敷地以外の土地の価格の変動は、外的要因に過ぎない。
 
   借家人にとっては、少ない経済的負担で建物を使用することが目的であ   るのに、地価の上昇がただちに継続家賃に反映されることになると、借   家関係は極めて不安定にならざるを得ない。
     借家関係に狂乱地価を
         潜入させてはならない。
5,立退料と狂乱地価
 
 
       正当事由    立退料
        補充金
 
 
 
 
  立退料→任意の話し合いによる場合も含めて、不動産取引を円滑にするた      めに借主に明け渡しを求める必要が生じた際、正当事由の有無に      かかわらず借主に交付される金員をさすものとして用いる。
 
  正当事由補充金→明け渡し訴訟において用いられる正当事由を補充するた          めの金員
 
何故、立退料が支払われるのか?
 
  立退料は法的な請求権ではない。(民法・借家法にも規定がない。)
    むしろ契約書には「借家人が明け渡しの際には、立退料その他の
    名目を問わず、一切の金員の支払いを要求をしない」と定められてい    ることが多い。
                  
 
  紛争の早期解決を図るためには、立退料支払いによって利害調整を図るのが  実際的である。
 
    借家契約更新時において、家主が解約申し入れ(または更新拒絶)する    には、正当事由が必要であるが、正当事由が不十分な場合に立退料に    よりこれを補完出来ると解されている。
     (最高裁・昭和38年3月1日判決・判例時報338号判例タイムズ146号など)
    正当事由がある場合や借家人が借家法に定められた義務を違反してい    る場合でも、借家人が任意に立ち退かない場合は調停や訴訟による解決    によるほかなく、紛争解決には時間がかかることより、短期間に解決を図   るために、借家人の立ち退きによる事実上の経済的損失を補填するもの    として、立退料が有効な役割をもつ。
 
【立退料の矛盾点】
 
    地上げによる高額化
 
    激しいケースごとの差
 
    見通しのたてにくさ
    →判例理論もいまだ確立されていない。(交通事故補償のように)
 
       立退料の決定は賃貸借成立の時期および内容、その後における       建物利用関係、解約申し入れ当時における双方の事情を総合的に       比較考量して裁判所がその裁量によって自由に決定しうる性質       のものである。
       (東京高裁・昭和50年4月22日判決、金融法務事情772ー33)
                   
 遊休地の所有者は、短期間の間、アパートなどを建てて有効利用などをしようという意欲や、親戚に少しの間貸そうとしう意欲を無くすし、建物の家主は、建て替えたいと考えても、高額な立退料支払いを考えると、テナントの側から自然に出て行くの待つしかなくなる。   
                   
豊富な資金力を持ったいわゆる開発業者たちが登場して建物そのものを買い取り、高額な立退料を支払って立退きを完了させる。
 
  結果   立退料の相場を引き上げる。
         合法・非合法あらゆる手段を使って無理やりテナントを追         い出す。
 
【立退料の内容】
   立退きによって賃借人が支払わなければならない移転費用の補償
 
   立退きによって賃借人が事実上失う利益の補償
   (いわゆる居住権・営業権)
 
   立退きにより消滅する利用権の補償(いわゆる借家権)
                  
 借家権にも借地権と同じように、賃借権の物権化という観点で評価を与える必要があるのか?
 
   借家権は物権化してきた、だから当然に借家権そのものに価格が生じ、   立ち退き料も単なる移転料などだけではなく、借家権の価格自体の補償   も含むべきである。   (不動産鑑定の理論)
 
   賃借人と賃貸人の間での利害を調整するための価値概念
    (借地・借家法の経済的基礎・沢野順彦著)
 
   話し合いにより立退きには合意していても立退料に関し、賃借人が納得   しなければ、そのまま居座ることが認められているため、継続的に居住   できる権利を金額で換算せざるを得ない状況にある。
    (立退料の出し方・小野寺昭夫著)
 
6,借家権価格の鑑定評価の不合理性
 
 明渡訴訟における争点
   建物の老朽化や賃貸人の自己使用の必要など正当事由にあたる事実があ   るかどうか。
 
    の正当事由が一応ある場合でも、それだけでは完全な正当事由がある   とはいえない場合に、正当事由補充金をいくらとするか。                  
    明け渡しを求める側が移転料、立ち退き料などの金員を支払う意志を    明確にし、かつその金員と引き換えに明け渡しを求める申し立てをし    たときは、正当事由を具備したものとして金員の支払いと引き換えに    明け渡しを認める。
     (最高裁判所昭和38年3月1日判決、最高裁判所民事判例集
                         17巻2号290頁)
    裁判所は賃貸人の提示する金額よりも大きい金額で正当事由補充金を    決めてもよい。
     (最高裁判所昭和46年11月25日判決、最高裁判所民事判例集                        25巻8号1343頁)
【改正借地・借家法案
          第28条の問題点】
 
    […賃貸人が建物の明け渡しの条件としてまたは、建物の明け渡しと   引き換えに、建物の賃借人に対して、財産上の給付をする旨の申し出を   した場合におけるその申し出を考慮して、正当の事由あると認められる   場合でなければすることが出来ない。]
 
    この条文は今まで判例で認められて来た正当事由補充金をそのまま明    文化しただけのようにみえるが、問題は一層深刻になる。
 
       立ち退き料の支払いを排除した契約は有効か?
 
       賃料と立ち退き料との関係
 
       立ち退き料支払いの約定をしておいたほうが有利か?
 
       立ち退き支払いの約定は賃貸借の本質に反しないか?
                  
    明確な立ち退き料の算定基準がないのに法律で明文化すると
    かえって混乱を引き起こす。
 
現在では、不動産鑑定士の鑑定書が
  裁判所の判断のより所になっている。
 借家権価格鑑定の方法
       割合方式 (土地価格)×(借地権割合)×(借家権割合)
             +(建物価格)×(借家権割合)
                    (通常0,3から0.4位)
       補償方式 公共用地の取得の場合の損失補償基準を準用する。             土地及び建物価格が基準となる。
       収益還元方式 (正常実質賃料−実際支払賃料)
                      ×複利年金現価率
         実際には一番よく採用されている。
       収益価格控除方式 (当該建物およびその敷地価格)−
                  (当該貸家およびその敷地の収益価格)       比準方式  (借家権取引価格事例)
               ×(当該借家と取引事例借家権との間に
                  おける各要因指数)
 ★問題点★
       割合方式と補償方式は、地価の      上昇が借家権価格に直接影響を       与える
      収益還元方式は、矛盾している
       (安い家賃で借りている人程、借家権価格が高い)
                  
 訴訟上の正当事由補充金が上記のような借家権価格鑑定に依存している限り、裁判外の任意の立ち退き料の支払いにも影響を与えること、明白である。転売利益を得る目的ならともかく、単なる建て替えの際にも、収益を大幅にかけ離れた高額の立ち退き料を支払わなくてはならない。
                  
      家賃の高騰を招く。
                  
      インフレを促進する。
 
 継続家賃にしろ、立ち退き料にしろ、地価を基準にした、不動産鑑定方法は不当であり、うのみにするのは危険である。
 
7,安定した賃貸借を求めて
 
提言1継続家賃の増額の割合は、その地域の消費者物価指数を基本にす      べきである。
       理由 家賃が物価をリードするのではなく、物価が上昇したか          ら家賃をアップするのが理想である。
 
提言2 正当事由補充金の算定方法から借家権価格をはぶく
       正当事由補充金や立ち退き料は手堅く実数に近付ける必要あり        理由 立ち退き料が法的な請求権でないことから、同じ賃貸          借の終了に当たって、借家人自ら希望して移転する場合          と家主の要求によって移転する場合で経済的に大きな差          が出るということは、先に言い出した方が損をすること          である。⇒終了を巡って長い争いを起こすことが多い。
≪家賃も立ち退き料も安く抑える≫
 
 法律的に賃貸借関係を安定させる。物権と債権の中間領域をしめる法律関係であるから、家主か借家人かのいずれかにかたよる関係は不安定になる。
 
 理想的には、家主にとっては、長期の安定収入を確保すること。借家人にとっては少ない経済的負担で建物を利用すること。相互に相手の利益を認め、それを尊重することである。
                  
  これが社会・経済的にも
        望まれる姿でもある。
8,土 地 問 題 と 賃 貸 借
 
土地問題をとらえる2つの視点
 
  キャピタル         保有に対
                     
  ゲイン課税         する課税
 
 
(譲渡所得税の強化)           (固定資産税など強化)
 投機目的の土地転がしを         有利な立地条件において
 防止する必要あり。           利益を得ている人は
                     それなりの負担をすべきである。                      資産格差をなくす。
 
近来、注目を浴びているのは、“所有よりも利用の視点を"という考え方である。
 
 容積率の緩和(都心など一部の土地について)
 投機目的の融資を引き締めると同時に、住宅金融公庫の融資を増やす。
 居住用家屋の賃貸に対する減税措置を。
   所有にこだわらず、安心して賃貸できる社会的状況を作る必要。
 
 
土地問題を課税強化により解決しようという動きには問題が多い。
 
   保有税やその他の税法上の措置の評価ベースを時価に近づけよという主   張が多いが、これは投機によって高騰している地価を追認せよというこ   とである。
 
 相続税節税封じは、市民の不安感をあおる。
 多くの市民は業者の転売による地価高騰に関与していないのに、固定資産税などの強化は不当である。
 節税のため代替資産を求めるなどの行動が、かえって地価の高騰の手助けをする。
 課税強化により、かえって土地の価格は上昇する。
 課税強化は、他の物価高騰の原因になり、当然賃料にも跳ね返る。
 
9,借地・借家問題の行き着くところは
 
結論    国家の住宅政策の無策のしわ寄せが借地・借家人のみならず、地主・家主にもきている。借地・借家人の生存権の保護は、本来ならば、国家政策によるべきである。経済的メカニズムに逆らい、個人レベルでの契約関係において、解決するのには無理がある。所有にあまりに固執し過ぎた国家政策は、賃貸借関係を硬直させ、人々の不安をあおっている。公的な賃貸住宅の供給促進、私的な賃貸住宅に対する優遇措置、家賃負担に対する優遇税制などは、資産格差を無くす政策を論じる以 前の検討事項であるといえよう。
 
 
 
  ♯このレジメは、平成3年の6月から7月にかけて大阪青年司法書士会
   借地借家問題研究会例会において“不動産賃貸借に於ける経済的メカニ   ズム”と題し、私が発表を行ったときのものである。内容的には、極めて初歩的なものであるが、自身が借地借家法制度が社会法としての側面よりも経済法としての側面を強めざるを得ない局面にさしかかっていることを認識した契機となったものとして、本書にあえて補足資料として添付した。
 
  ♯借地借家問題の本質的な問題の所在に対する認識は、現在も当時とほと   んど変わらないことを、最後に付け加えたい。