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情報公開判例研究ゼミレポート(東京大学大学院) 
   「法人情報等に関する情報ー 著作者人格権との関係」
                       河内支部 滝川あおい
 
 本稿は、筆者が東京大学大学院に在籍当時(1998年)、行政法の宇賀教授の情報公開法ゼミのレポートとして、執筆したものを一部加筆修正したものである。その後、1999年5月、情報公開法が成立し、個人情報保護と行政の情報公開の問題も論じられつつある。本稿では、行政が持つ第三者情報、特に著作権との関係に焦点を当てて、検討を行った。
 
1 情報公開と第三者の情報の保護
 
 情報公開制度は、広く行政の手中にある情報を対象とするから、行政自身が作出した情報の他、第三者から提供された情報が含まれることある。その第三者は、個人である場合もあるし、法人である場合もある。その第三者が法人である場合、行政がもつ法人情報が公開されると、競争上の不利益を生じることがある。そこで、自治体の情報公
開条例には、そのような事態に配慮した規定が置かれるのが通常であるし、情報公開法にも同様の規定が存在する。
 また、法人等が行政に提供する情報の中には、知的財産諸法によって財産権の対象とされているものがある。著作権法上の権利がその典型である。この点において、情報公開法の考え方では、著作権法との関係について行政機関が保有する第三者の著作物を著作者本人の許諾を得ず、情報公開法に基づき開示しようとする場合、未公表の著作物であるときは、著作権法第18条に定める複製権との関係が問題になる。これらの公表権及び複製権との関係の問題については、情報公開法の円滑な運用の確保という新しい観点を加え、関係省庁において、必要な調整措置を検討する必要があるとしている*1。 
 
(1)不開示情法の定め方について
 
  (a)不開示情報の全体構造
 
 情報公開法法5条は、法人情報の不開示情報について以下のように定めている。
「法人その他の団体・・・・に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報」について、「開示することにより、当該法人等又は当該個人の競争上の地位・財産権その他正当な利益を害するおそれがあるも
の」及び「行政機関からの要請を受けて公にしないとの約束の下に任意に提供されたもので、法人等は個人における常例として公にしないこととされているものその他の当該約束の締結が状況に照らし合理的であると認められるもの」を不開示情報としている。
  情報公開法第5条は、不開示情報であっても、人の生命・健康・生活又は財産を保護するため、開示することがより必要であると認められるものは開示しなければならないとしている。また、 行政機関の長は、不開示情報に該当する場合であっても、不開示情報の規定により保護される利益に優越する公益上の理由があると認めるときは、裁量により開示できるとしている。
 
  (b)法人等の情報の取り扱い
 
 情報公開法は、法人等の情報については「法人その他の団体に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報」について不開示の条件を定めている。法人等には、様々なものが含まれる*2ので、情報の性格も様々であり、団体や情報の内容によって、不開示の要件の解釈は相当異なると考えられる。法人等情報のうち、不開示とされるものに@競争上の地位を害するおそれがあるものA非公開特約付き任意提供情報がある。
 情報公開法は、@について「開示することにより、当該法人又は当該法人等又は当該個人の競争上の地位、財産権その他正当な利益を害するおそれがあるもの」を不開示情報としている。また、Aについては、非公開約束の乱用を防止するため、「行政機関からの要請を受けて」及び「常例として公にしないこととされているものその他の当該約束が状況に照らし合理的であると認められるもの」との文言を付加し、不開示の要件を限定した。*3
 
2 著作法上の権利と情報公開制度
 
 情報公開法制の趣旨が、行政が持つ情報の公開である以上、その情報が第三者から提供された場合、その第三者の著作権法上の権利と情報公開法制の要請が対立する局面が生ずることは当然に予想される。第三者情報の公開と第三者の著作権侵害に関連してどのような問題が生ずるのであろうか。
 現行著作権法は、著作者に対して著作権と著作者人格権(著作権法17条)を付与している。ただ、両者は密接不可分な関係にあるといわれている*4。公開請求に応じて複製物の交付を受けることは著作権法21条の複製権を制限することになる。しかし、著作権法42条は、裁判手続き等のために必要とされる場合は、その必要性の限度において複製を認めていることから、さほど問題とならない。
 
  (1)著作者人格権について
 
  (a)意義 
 
 著作権法は、著作者人格権の内容として@公表権(著作物でまだ公表されていないもの等を公衆に提供又は提示する権利・18条)A氏名表示権(著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、著作物の実名若しくは変名を表示し、又は著作者名を表示しない権利・19条)B同一性保持権( 著作物及びその題号の同一性を保持する権利・20条)の三者を規定している。そして、それらが侵害された場合は、著作者による差止請求権(112条)、慰謝料請求権(民法710条)、名誉回復等措置請求権(115条)を認め罰則を課しており(119条)、また、著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する方法により著作物を利用する行為も、著作者人格権を害するものとみなされる(113条但書)。
 現行著作権法は昭和46年に施行されたが、旧著作権法においては、著作者人格権という呼称は認めず、実質的にこれを認める形をとっていたが、現行法は著作者人格権という形でその存在を明確にし、公表権・氏名表示権・同一性保持権を含めるという形でさらに強固なものにしたといわれている*5
 
 (b)著作者人格権の特徴
 
 著作者人格権の特徴としては、一身専属で譲渡することはできない(59条)ことがあげられる。著作者の死亡とともに消滅する。一方、著作者の死亡後においても、著作者が生存していたならば、人格権の侵害となるであろう行為(60条)に対しては、配偶者等限定された範囲の遺族が差止請求、名誉回復等請求をなすことができる(116条)。これらの者による民事的請求と並んで、60条違反の行為に対しては罰則が課せられる。
 
 (c)著作者人格権が保護される理由
 
 著作者人格権が保護される理由は、思想または感情を創作的に表現したものである著作物に創作の主体である著作者の人格的・精神的利益が存在することにある*6。従って、
自ら創作を行うことなく既存の著作物を利用する者として位置づけられている隣接著作権者には著作者人格権は認められていない*7
 
  (d)法人の著作者人格権
 
 法人等も著作者として自然人と同様に人格権の主体となる(15条)。しかし、たとえば、不本意な著作物が無断で公表されることにより、営利法人の利益が害される所以は、自然人の著作者の場合のような、著作物へのこだわりへのセンチメントのみに還元することは困難である。何らかの形で、営利法人の本来的設立目的である営業上の利害の侵害という契機が加味されているのではないだろうか。
 
 (e)著作者人格権に対する制限
 
 著作者人格権は常に保護されるべきなのであろうか。言い換えれば、意に反する改変はすべて権利侵害となるのであろうか。やむおえない改変については、権利侵害にならない旨が規定されている(20条2項)。ここはまさに、自己決定権と情報の流通という社会的要請が対峙している局面である。著作者人格権は、創作行為という特段の貢献を行った著作者に対して行った著作者に対して与えられる権利であるため、一般的名誉権では保護されないのである。主観的な名誉権についても手厚く保護する一方で、情報の流通という社会的要請に服するという点において、一般の人格権と同様ではない。
 法人等情報の開示にあてっては、公表権・氏名表示権・同一性保持権のうち、公表権の侵害が特に問題となる。 
 
  (f)公表権について
 
 一般に未公表著作物を公衆に提示するか、どういう形でいつ何時公にするかによって
著作者としての名誉・地位・成功が左右される側面があるというのが趣旨*8である。公表とは、「発行され、又は第22条から第26条までに規定する権利を有する者若しくはその許諾を得た者によって、上演、演奏、放送、有線放送、口述、展示もしくは上映の方法で公衆に提示された場合」をいう(4条1項)。
 
3 法人等の情報開示が著作権侵害が争点となった裁判例( 横浜地判平成元年5月23日判例時報1319号67頁。控訴審東京高判平成3年5月31日判例時報1388号22頁、以下本件という)*9の評価
 
(1)本件の特徴
 
  著作権法からのアプローチとして本件の位置づけを考えた場合、本件は、公表権が争点となった数少ない裁判例であるといえる*10。少なくとも、建築確認申請書に著作物たる設計図書等を添付することは、公衆への提示に該当しない*11。行政庁へ提出された図面等の著作物が情報公開条例に基づく請求によって少なくとも一定規模の団体の構成員全体といった特定多数の者に公開される場合には、公衆への提示がなされたものといえる*12。本件においては、神奈川県条例に基づき、分譲マンションの建築確認申請添付図面の公開請求に対する公開拒否処分が適法とされたのであるが、公開請求したのは個人であり、ただちに公衆への提示がされるという前提の公開請求ではない。本件控訴審は、公表権は情報公開制度に対する外在的な制約になるとしたが、このような判決の立場については、知る権利の保障という立場から批判する考え方がある*13
 
(2)公表権と知る権利の関係
 
 著作権法18条は、無断公表即侵害という体裁をとっているので、著作者は、公表権の行使に際し、無断公表によって被る被害を立証することを求められない。本件においては、当該図面と類似のものがすでにマンション購入者にも提供されており、図面が公開されてももはやマンション設計者の正当な活動を困難にするような重大な損害を被るとはいえない場合であっても、公表によって著作権者たるマンション設計者がなお何らかの損害を受けないとはいえない、と述べている。これは、情報公開制度の外在的制約として著作者人格権が存在するという立場である。ここでは、公表権の絶対が情報公開法制における知る権利に優先するべきであるとの価値観が明確になっており、それは知る権利の絶対性を主張する三宅氏とは対局の立場にあることになる。
 
(3)公表権を制度内在的制約とする立場について
 
 本件の立場に対し、情報公開制度の枠内で必要な法的考慮を行おうとする立場も存在する。情報公開の結果著作者人格権が害されるとしても、もともとそれは、情報公開に含まれた結果であるとするものである。しかし、この立場をとると、情報公開法制が人格権を侵害する可能性を認めるという結果を生ずることになる*14
 しかし、知る権利と公表権の関係については、単にどちらの法益が優越するかという問題なのであろうか。この点について、玉井教授、半田教授が、公表権の意味が法人著作と個人著作では異なるのではないか、という問題提起をされている点は着目に値する。玉井教授は、本件著作者が営利法人であることに着目しつつ、無断公表によって害される利益も法人著作については、営業上の利益の一態様に過ぎないと論じている。本件裁判例においても、公表の可否が問題となったのは、法人によって作成された図面であり、この公表によって害されるのは、法人の公表権というよりも、営業上の不利益であるということはできないだろうか。現に、判決理由中「本件各図面には設計者であるAの設計上の創意工夫ないしノウハウが含まれていて、これらを公開すればAに明らかに不利益を与えると認めるを相当とする」と判示している。Aが守られるべきものは、人格的利益なのではなく、営業的利益なのではないだろうか。
 半田正夫教授は、公表を求められた著作物の著作者が法人の場合は、公表権を盾に公表を拒むことができないという見解をとる余地もあるのではないか、という指摘をされている*15。法人著作者の人格的利益といえども、他の財産的利益と同様、行政の公開性や公的主体の説明責任の充足といった目的によっては制約を受けることもやむを得ないのではないだろうか。
 これらの議論は、公表権の内在的検討に基づくものであるので、これらの議論によって、情報公開制度が実現しようとする価値との間で利益衡量を可能にし、営利法人著作が多数をしめると思われる行政情報が公表権を盾に公開を拒まれるという実際的不都合を回避できることが可能になるのではないだろうか*16
 アメリカにおいては、既に連邦政府には著作権はないという判断のもとに、連邦政府独自の情報については公表権の侵害は問題とならないという。半田教授は、公表を求められた著作物の著作者が国または地方公共団体の場合には公表権を盾に公表を拒むことはできないという見解をとる余地はあるとする*17。これに準じ、法人の場合は一般の個人に比べ極めて弱い公表権しか持ち得ないと考えることも可能なのではないか。
 
(4)公表権という制約にとらわれない立場
 
 しかし、情報公開法制における法人情報の開示の可否については、その情報の開示が著作者人格権を侵害するか否かということが問題となるのではなくて、開示の結果として、法人等の営業活動に差し支えるような事態となるかどうかが問題となるのではないだろうか。そこに含まれた情報が営業秘密にあたるかどうかがむしろ重要なのである。
 そもそも、法人情報の開示の基準については、前述のように基より法自体が個人情報の開示とは異なった基準を持っている。したがって、本件の場合、その基準に従って公表の可否を判断することも可能であったのではないだろうか。玉井教授は、著作権法の基本的枠組みは、内容である情報そのものを保護することにあるのではなく、具体的な表現のみが保護の対象となることに注目し(著作権法2条1項)、本件の図面の公開によって被るであろう不利益は表現が公開されることによるものではなく、情報の公開による不利益であるので、対象物が著作であることによるのではない、とする。一定の情報を開示するべきか否かはそれが著作によるものかどうかというよりも、専ら情報公開制度の趣旨に照らして判断すればいいというのである。
 半田教授は、本件は、未公表著作物の公表によって著作権人格権が害され、非公開事由である「公開されることにより、当該法人又は個人に明らかに不利益を与えると認められる」場合にあたるとして、地方自治体が公開を拒否したことの当否が争われた事例であって、著作者自身が公表権を行使したという事例ではなく、住民が知る権利に基づいて著作物の公表を求めたのに対し、県が著作者の公表権に依拠してこれを拒否したものであり、本来公表権の行使は、著作者が公表しないでいる間に他人が無断でこれを公表した場合に公表権の侵害として処理するという形を想定しているが、本判決の場合はこれとは全く異なり、外部から公表を求めたのに対し、公表権をいわば防御的に行使するという形になったことに特徴がある、とされる。
 つまり、本件の場合、いわば不開示の理由を単純に公表権に求めたということに問題があるともいえるのではないだろうか。
 
4 まとめ
 
 情報公開法制によって守られるべき国民の知る権利という法益と、他の法制によって守られるべき法益の衝突の典型的なものが、第三者情報に含まれた第三者の著作権侵害の問題であるといえよう。しかし、法人著作者人格権の侵害という形式に目を奪われて、真に守るべき法益がすり替えられたのが本件ではないのだろうか。法人の公表権はどのような要件で存在することになるのかという点については更なる議論が必要であろう。また、本件の場合、公表権の存在を否定したとして、法人情報の保護の要件に当てはまるケースであったといえるのだろうか。少なくとも図面の公表によって、法人の競争上の地位が害されることになるかどうか、という点についての検討は必要であったのではないかと考える。

*1 行政改革委員会事務局『情報公開法制』47頁以下参照。
*2 「法人その他の団体」、株式会社その他の営利法人や、社団法人、学校法人、
宗教法人など、様々な公益法人が含まれるが、いわゆる特殊法人その他の公法人も含まれる。法人格を有しない団体もこれに含まれる。消費者団体、環境保全団体その他の市民団体もこれに含まれるであろう(秋山幹男「法人等の情報」ジュリスト1107号45頁)。
*3 各党の法律案における非公開特約についての取り扱は以下のとおり。
   新進党 非公開特約についての条項をもうけない。非公開特約を無効とする取り       扱い。また、「利益を害することが明らかであるもの」に限り不開示と       した。
   民主党 非公開特約は原則有効であるが、締結時のみならず、開示請求があった
       ときにも合理的であると判断される特約でなければならない。
   共産党案 不開示情報については、「法人や企業の正当な利益を著しく害するこ       とが明らかな場合」という厳しい限定。非公開特約についての条項はな       し。無効であるとする立場をとるものと思われる。
*4 半田正夫『転機にさしかかった著作権制度』159頁以下。
*5 半田正夫「わが国における著作者人格権の判例」青山法学論集33巻3・4号合併号。
*6 小泉直樹「著作者人格権」民商法雑誌116巻第4・5号585頁。
*7 実演家にも一般法上保護されるべき人格的利益が存することを一般論として述べた下級審裁判例は存在する(東京地判昭和53年11月8日無体裁集10巻2号569頁)。
*8 半田正夫「心理療法入門事件」別冊ジュリスト著作権判例百選152頁(有斐閣第二版1994)。
*9 製品の安全性に関する情報開示が問題となった裁判例・答申としては、以下のようなものがある。@農薬残留健康茶事件(東京地判平成6年11月15日判例時報1510号27頁)A医薬品添加剤に関する答申(大阪府公文書公開審査会昭和63年11月21日答申)Bゴルフ場農薬使用実績に関する答申(宮城県条例公開審査会平成4年1月21日答申)
*10 半田正夫『転機にさしかかった著作権制度』165頁。
*11 東京高判平成3年5月31日判例時報1388号22頁。
*12 小泉直樹「著作者人格権」民商法雑誌116巻第4・5号593頁。
*13 三宅弘「情報公開法と知る権利(2)」法律時報66巻1号98頁。知る権利と著作権の関係にふれた判例として東京高判昭和57年4月22日判例時報1039号21頁。
*14 多賀谷『行政とマルチメディアの法理』。
*15 半田正夫『転機にさしかかった著作権制度』165頁。
*16 小泉直樹「著作者人格権」民商法雑誌116巻第4・5号595頁。
*17 半田正夫『転機にさしかかった著作権制度』165頁。