短期賃貸借保護制度の見直しについて
                           司法書士 滝川あおい
 
(1)法制審議会担保執行法制部会の動向

 2001年6月12日にとりまとめられた司法制度改革審議会最終報告書において、民事執行に関する提言がなされたことを受けて、2001年6月18日に開催された法制審議会第134回総会では、「権利実現の実効性をより一層高めるという視点から、民事執行制度の見直しを行う必要があると思われるので、その要綱を示されたい」という諮問がなされた。この諮問事項についての調査審議が、現在、法制審議会担保・執行法制部会において急ピッチで行われており、2002年2月・3月頃にも中間試案が公表される予定である。中でも、短期賃貸借保護制度の廃止論が大きな争点となっている。部会の議事録は、法務省ホームページで公表されているので、参照されたい(http://www.moj.go.jp/SHINGI/housei.html)。
 また、平成13年12月11日に公表された総合規制改革会議による『規制改革の推進に関する第一次答申』第1章重点6分野6都市再生【具体的施策】(1)不動産市場の透明性の確保オ競売の実効性の確保においては、「民法395条の短期賃貸借保護制度については、抵当権に後れる賃借権で事前に抵当権者が合意しないものは競売実施後の存続を一切認めないなど、廃止を基本として検討するべきである」として、短期賃貸借制度を基本的に廃止する方向性が示されている。
 司法制度改革と規制改革の双方の要請により、短期賃貸借制度の見直しが検討されているのであるが、さらには、小泉政権による「構造改革と経済財政の中長期展望」(平成14年1月25日閣議決定)に代表される俗に言う構造改革の中で、不良債権処理やマンションの立て替え促進のための法制度整備についても触れており、短期賃貸借保護制度見直し論は、それらの法改正論の中でも具体的に浮上する可能性も高い。

(2)短期賃貸借保護制度の趣旨と問題点

 抵当権の後に設定された賃借権は、民法の原則によると、抵当権の実行によって消滅する。民法395条は、民法602条の定められた期間(建物については3年)を超えない賃貸借は、抵当権実行後も、残存期間の範囲内で存続することを定めている。これを短期賃貸借保護制度という。もし、このような保護制度がなければ、抵当権設定後の賃借権は、抵当権の実行によって消滅することになり、賃借人の地位が不安定になり、抵当権付建物の使用収益権が大きく制約されることになる。抵当権に後れて設定された賃借権、とりわけ建物賃借権の場合は、通常の建物賃借権のほとんどがいわゆる民法395条の短期賃借権(通常は契約期間2年)なので、競売において保護の見直しがされるかどうかは強い関心となるこというまでもない。
 一方、土地の短期賃貸借に関しては、特に建物所有目的の土地賃借権について短期賃借権の保護を認めても意味がないとすることについては、ほとんど異論がないので、本稿では、建物賃貸借に関する短期賃貸借保護制度廃止論についてのみ取り上げることにする。
 短期賃貸借保護制度は、抵当権の実行の妨害のため執行妨害の手段として悪用されていることから、短期賃貸借保護制度を廃止するべきであるという法改正論が登場するのであるが、今時法制審議会では、短期賃貸借保護制度を撤廃することが民事執行制度の見直しにとって必要か否かということが審議されているのである。

(3)濫用型短期賃貸借はむしろ例外

 しかし、短期賃貸借保護制度撤廃論は、短期賃貸借の大部分は執行妨害型であるという誤った認識に立ってい
ると思われる。実際に土地所有者がアパート・賃貸マンション等を建築して借家を提供する場合、金融機関から資金の提供を受けて建物を建築する場合がほとんどで、資金の借り入れをしないで建築すると、むしろ節税のメリットがないという現実がある。したがって、ローンの支払いが終わっているような古い建物ならともかく、通常は、既に抵当権が設定された建物が借家契約の対象となっているといえる。このような借家人は、当然のことながら、執行妨害型短期賃借人ではなく、正常型短期賃借人である。 裁判例に現れる短期賃借人は、抵当権の実行が行われ、民法395条但書の短期賃貸借解除請求訴訟を提起され、さらには明渡訴訟を提起される短期賃借人であることが多いため、短期賃借人はいつも濫用型短期賃借人であるかのような印象を受けるが、むしろ濫用型は例外であるといえる。むしろ、短期賃貸借の大部分は正常型短期賃貸借であるという認識を共有することが重要であると考える。

(4)現行法でも不十分な借家人保護

 現行の法律でも、賃借人保護は十分とはいえない。正常型賃借人でも、競売期間中に賃貸借期間が満了すると、敷金の返還を受けることなく、明渡請求をされる危険性がある。
賃借権が売却によって消滅すると、新しい建物所有者は、敷金返還義務を承継せず、前の建物所有者つまり賃貸人が敷金返還義務を負うことになるのであるが、建物が競売にかけられるような建物所有者は、敷金返還をする経済的余力はないと考えられるので、賃借人は敷金返還も受けられないまま建物からの退去を余儀なくされる結果となる。また、3年以上の期間を設定していた長期賃借人の場合はそもそも保護の対象にすらならず、建物が競落されると、新しい所有者との関係では単なる不法占拠者となる。
 短期賃貸借保護制度は、用益権たる賃借権と抵当権の調整をはかるための規定としてとらえられてきたが、用益権が抵当権の価値を減ずるという価値観自体が問われるべき時が来たのではないか?つまり、正常型賃借人、特に優良な賃借人がいる建物からは高い収益性が期待できるので、あえて賃貸借を終了させる必要はなく、そのような収益が得られる物件として競落されればよいのである。その意味において、現行の短期賃貸借保護制度のみでは賃借人保護は十分ではなく、短期賃貸借保護制度撤廃ではなく、むしろ、正常型短期賃貸借は競売後も存続するとする法制度が必要であると考える。

(5)執行実務で識別可能な濫用型賃借権

 民法395条の短期賃貸借保護制度が単純に廃止されたからといって、抵当不動産の占有を利用した執行妨害がなくなる訳ではない。短期賃貸借保護制度の濫用により意図されていることは、暴力団あるいは悪質な街の金融業者等が配下の者などに抵当不動産を占有させることによって、競売における買受希望者の買い受け意欲をなくし、買受申出人が現れない結果、執行裁判所に最低売却価額を徐々に引き下げさせ、非常に安い価格で自らがあるいは関係者が当該不動産を買い受けることによって不当な利益を得ることと、自らが買い受けることができなかった場合には、買受人に対して立退料名義の金銭の支払いを求めることによって、不当な利益を得ることである。
 短期賃貸借保護制度廃止論者は、短期賃貸借保護制度があるから濫用されるので、短期賃貸借保護制度を廃止するべきであるというが、濫用的短期賃貸借による執行妨害については、占有権限を認めないとする執行実務が定着しているし、実際上正常型賃貸借と濫用型賃貸借の区別はさほど困難ではない。執行妨害によって利益を得ようとする勢力に対しては、必要に応じて警察の助力を得ても根絶する努力が必要であって、それらの勢力との対峙を避けるために、大部分の正常型賃借権の保護をおざなりにするのは本末転倒というべきであろう。執行妨害は、短期賃貸借保護の制度があるからおこるのではない。執行妨害を目的とする者にとっては、短期賃貸借に限らず、長期賃借権であれ、使用貸借であれ、場合によっては不法占拠であれ、競売物件を占有できれば執行妨害は可能である。執行妨害対策は、占有を手段とする執行妨害にどう対処すべきかという別個の問題としてとらえられるべきであり、短期賃貸借保護制度見直しと論理必然的に結びつくものでないはずである。
 従って、抵当不動産の占有を利用した執行妨害を効率的に排除する方法をどうするのかという問題と、抵当権に後れて設定された正常な建物賃借権を競売においてどのように取り扱うべきかという問題とは切り離すべきで、短期賃貸借保護制度撤廃=執行妨害排除という図式は、必ずしも成り立たないということを認識する必要がある。

(6)定期借家権と短期賃貸借保護制度廃止論
 
1999年12月に成立した「良質な賃貸住宅の供給を促進する特別措置法」によって、正当事由制度の適用のない定期借家制度が導入された。定期借家権の場合は期間は自由に定めることができるが、契約期間が満了すれば、借家人は立ち退きを余儀なくされる。定期借家権の場合、これまでのような契約期間が2年の普通借家契約ではなく、5年や10年という比較的長期の期間が設定される場合が多い。定められた期間内は確実に住めるはずの定期借家権であったはずが、3年以上の期間の定期借家権で抵当権に劣後する場合は、建物が競落されるとたちまち不法占拠者となる。つまり、現行の短期賃貸借保護制度の下でも、定期借家制度の立法趣旨は貫徹できない仕組みとなっており、抵当権に劣後する定期借家権は、なんらか保護が必要となるのである。

7)借地借家法による存続保障と短期賃貸借保護制度の関係
 
借地借家法においては、建物賃借人の立場が保護され、家主の自己使用等の必要性がない場合には、原則として長期使用が認められている。しかし、建物に先に抵当権がついていたために、競売によって、借家人が借家契約を締結する際には全く知らない事情によって借家契約が終了するというのはいかがなものであろうか。好景気のときには賃料も相当高額になるし、引っ越しは通常、精神的・経済的・時間的に大きな負担が伴う。
 明治28年の民法制定当時の建物賃貸借の位置づけと現在の建物賃借権の位置づけは大きく変わっている。民法制定当時は、建物賃貸借については、賃借権登記のみが対抗要件で(民法605条)、通常建物所有者が変われば、借家人は求められれば退去を余儀なくされた。また、賃貸人は、期間満了の際の更新拒絶や解約申し入れを自由できて、抵当権設定前後にかかわらず、借家人は極めて弱い保護しか受けていなかったのである。
 ところが、その後大正10年に借家法が制定され、借家人は鍵の引渡しにより対抗要件を備えることができることになり(借家1条1項)、また昭和16年に借家法が改正されて、賃貸人は更新拒絶や解約申し入れに正当事由を必要とすることになった(借家1条ノ2)。つまり、借家はいったん貸すと返ってこない、と比喩されるまで、借家人の保護制度は強まったのである。
 結果として、抵当権設定前に設定された建物賃借権と抵当権設定後に設定された建物賃借権とでは、買受人に対する効力が極端に異なることとなってしまったので、むしろ、このアンバランスを解消するための借家人保護のあり方が検討されなければならないのである。

 (8)法改正への視点

 一つの考え方として、抵当権に後れて設定された正常型建物賃借権を競売における買受人が引き受けることとするという立場がある。この考え方に立つと、借家人保護はほぼ貫徹することはできるが、抵当権者は何か不利益を被るのであろうか。
 賃貸マンション、賃貸ビル、アパート、一戸建ての貸家など賃貸用物件の場合には、金融機関は融資の段階で、建物が賃貸に出されることを予定し、そのような建物として融資額を決定する。これらの物件を競売における買受人が賃借権の負担のあるものとして買い受けることになっても、何の不利益も被らないというべきであろう。
 また、抵当権設定時は自分の住宅として建物を建築し、金融機関が融資をしたが、その後に、その建物が賃貸に供された場合はどうかであろうか。確かに自家用建物を賃借権の負担のない形で買い受ける場合の方が買受申出価額は高いかもしれないが、賃料収入が確実に見込める正常賃貸借の場合は、借家人がいるからという理由で、買受申出額が大きく下落することはないでろあう。
 他方、当初の契約期間(通常2年)が経過すると建物抵当権に後れる借家人は建物から退去を余儀なくされるのが現行の短期賃貸借保護制度である。また、短期賃貸借保護制度が撤廃された場合は、競売により建物が競落されると、借家人は、原則即刻建物から退去を余儀なくされることになる。賃貸用建物であれ、自家用建物であれ、特に古くない建物を借り受ける賃借人は、ほとんどの場合抵当権付の建物であるから、現実には、抵当権付きでない借家を探すほうが困難である。
 つまり、短期賃貸借保護制度撤廃論は、生み出す不利益のほうが利益よりも大きいといえるのではないだろうか。むしろ、現在求められているのは、競売制度によって損なわれる借家人の保護を妥当な範囲で存続させる制度の構築なのではないか。

(9)短期賃貸借保護制度撤廃論者の真の目的は?

 短期賃貸借保護制度撤廃論者は、抵当権に劣後する賃借権はとりあえず消滅させ、新しい建物所有者は敷金返還義務を承継せず、貸す側にとって都合のいい賃借人を選別して新しい賃貸借契約を締結できるような制度構築を目指しているのではないだろうか。つまり、短期賃貸借保護制度撤廃論者は、競売を奇貨として、賃貸人が賃借人を選別できるような法制度を構築しようとしているといえるのではないか。土地の流動化・不動産の証券化を目指して定期借家制度導入を推進したグループが、今時、短期賃貸借保護制度撤廃者となって、再び、更なる借家人保護制度の見直しを求めているのである。
 
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