東京大学大学院リサーチペーパー
 
 
 
    借 地 権 と 担 保
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
        法学政治学研究科  民刑事法専攻 
 
        経済法務専修コース 76123 滝川あおい
 
  1999年12月22日提出
 
     目      次
 
はじめに 1
 1. 問題の所在 1
 2. 考察の方法・本稿の構成について 4
第1章 二度見送られた借地権の担保化の構想 5
 第1節 借地権の担保化についての歴史的考察 5
  1.はじめに  5
  (1)借地権の担保化の必要性 5
  (2)借地・借家法制の改正と借地権の担保化の方向性 5
  2. 借地法制の改正経過の概括 7
  (1)民法における不動産賃貸借の位置づけ 7
  (2)建物保護法、借地法の制定 9
  (3)借地法の制定から昭和16年改正・敗戦にいたるまで 10
  (4)戦後の借地法 10
  (5)平成3年改正にいたるまで 11
  (6)平成3年改正時に行われた借地借家関係における存続保障の緩和 12
  3. 担保化を巡る法改正について 13
  (1)昭和41年改正要における借地権の担保化の議論 13
  (2)平成3年改正の背景 15
  (3)昭和60年「問題点」                 16
  (4)稲葉試案  18
  (5)平成元年要綱試案 19
  (6)見送られた借地権の担保化 21
 第2節 借地権価格について 22
  1.借地権価格の由来 22
  2.借地権価格の性質と算定法法 24
  3.借地権の担保化の背景となった借地権価格 26
 第3節 借地権の担保化を巡る社会的背景 26
  1.昭和41年改正の社会的背景 26
  2.昭和50年代の改正論議の背景 28
第2章 借地権担保の実務と判例 31
 第1節 借地権担保の実務 31
  1.何故借地権担保は利用しにくいのか 31
  2.建物に抵当権を設定する方法の問題点 33
  (1)主物・従物理論 33
  (2)抵当権の対抗力の及ぶ範囲 34
  (3)登記された賃借権にも建物抵当権の効力は及ぶか 35
  (4)建物抵当権実行上の問題 36
  (5)担保たる借地権の保全の困難性について 36
  (6)地主の承諾書徴求の意義 38
 第2節 地主の通知義務契約を巡る判例の立場 39
  1.判例の概観 39
  2.通知義務違反を巡る判例の争点 40
 第3節 定期借地権の担保化の要請 42
  1.定期借地権付住宅の普及 42
  2.定期借地権の登記 42
  3.定期借地権と担保 44
第3章 借地権の担保化に向けて克服すべき課題と立法論、そして残された課題 46
 第1節  地主の承諾書徴求慣行の問題点 46
  1.借地権が存在することの確認について 46
  2.抵当権が実行された場合の借地権の譲渡についての予めの承諾 46
  3.借地契約解除の際の抵当権者への通知義務について 48
 第2節 借地権の担保化に向けての立法論 50
  1. 立法論展開への総合点視点 50
  2.借地権の登記請求権と借地権を抵当権の対象とすることの是非について 51
  3.借地権の譲渡・転貸を認めるべきか 52
  4.借地権の抵当権と建物の権利関係の調整について 53
 第3節 残された課題 54
総括 57
 
はじめに
 
 1. 問題の所在
 
 平成3年の借地借家法の改正により、正当事由制度の適用のない、期限がくれば確定的に終了する定期借地制度が導入され、また、様々な土地政策に関する提言により、借地権付住宅の供給にも力点が置かれ*1、借地関係は、戦前の地主の地代徴収権しての性格から、新たな住宅取得の手段として変容を遂げ、注目を集めている。
 民法の起草者は、土地の使用は、地上権によることを予想していたようであるが*2、起草者の意図に反し、現実的には、地上権が物権であることが原因で地主に敬遠され、ほとんどの借地契約が賃貸借契約として行われている。したがって、本稿の検討の対象は、賃借権たる借地権とし、以下本稿において借地権というときは、賃借権たる借地権を意味するものとする。
 我国の法制度においては、土地と建物は別個の不動産とされているので*3、土地建物の所有者が異なる場合、建物の存立基盤を支える権利が必要とされる。建物の存立基盤である借地権が賃借権である場合には、@債権であるので、登記請求権がないA債権であるので、賃貸人の承諾なしに譲渡・転貸ができないB抵当権の目的となりえない(民法369条が根拠)*4等ということが原因となって担保として供する場合の問題点が起こっている。
 借地権付建物を購入する場合、全額を現金で購入する場合はともかく、所有権付建物を購入する場合と同様に、通常は、購入する物件を担保に入れてローンを組む。しかし、実際には、借地権付建物を購入する場合には、借地権の価値は所有権の6割とも7割ともいわれる借地権価格によって表されるように非常に高額で、融資は建物よりもむしろ借地権を購入するために受ける必要がある。しかしながら、借地権付建物を購入するために、借地権付建物を担保に入れて、資金調達をする際には、所有権付建物を購入する場合と違って大きな制約が存在する。それは、金融機関による地主の承諾書徴求の慣行である。
 金融実務では、通常、借地権付建物を担保に融資を受ける場合、建物に抵当権を設定することに加え*5、地主の承諾書を徴求する慣行がある。金融機関は、何故承諾書を徴求するのであろうか。借地人が借地人名義で登記された建物を所有していれば、土地が譲渡されても、新しい地主に対して借地権を対抗することができる(建物保護法1条、借地借家法10条)。そして、借地上の建物に抵当権の設定を行えば、その抵当権の効力は借地権にも及ぶ*6。また、借地上建物に抵当権の設定をする行為は、借地を第三者に使用収益させることにはならず、又、無断譲渡転貸を禁止する民法612条違反にも当たらず、借地上建物に抵当権を設定することについて、法律上地主の承諾を必要とするものではない*7。しかし、借地権付建物を担保に取る場合は、以下のような問題が生ずる。
 第一に、借地権の消長についての懸念である。建物存立の法的基盤である借地権が消滅すれば、借地人は建物を収去し、土地を明け渡さなければならず、借地上建物に抵当権を設定することによって借地上建物を担保にとっていた金融機関は、借地人の地代不払い等が原因で担保を失うこととなる*8。そこで、金融機関としては、借地権が消滅しないように注意を払うこととなるが、地主は、借地人の債務不履行については責任を負わないこととなっているので、金融機関にとっては、借地権の存続についての事後管理が大きな負担となる*9。建物に対し、強制競売の開始決定がされた場合において、その建物の所有を目的とする地上権または賃借権について、債務者が地代または借賃について債務者が地代を支払わないときは、執行裁判所は、申立により差押債権者がその不払いの地代又は、借賃を債務者に代わって弁済することを許可することができる(民事執行法56条)。債権者にとっては、債務者が地代の支払いを怠る場合に、代払いの機会を得ることが必要不可欠なこととなるのである。
 第二に、借地権譲渡が自由にできないことである。建物譲渡・競売等により、建物の所有権が移転した場合には、建物の従たる権利としての借地権も移転する*10。ただし、この賃借権の取得を地主に対抗するためには、地主の承諾を必要とし(民法612条)、地主が、賃借権の移転を承認しないときは、競落人は、裁判所に対し、地主の承認に代わる許可の申立を行うこととなる(借地法9条の3、借地借家法20条)。この場合、裁判所は、許可の代償として名義書換料の支払いを命じたり、賃料を引き上げたりするが、許可自体がおりない可能性もある。また、地主が借地権の移転を認めないことが明らかであれば、建物の担保価値は減価されることもある*11
 金融実務において、借地権付建物をあまり評価しない理由は、建物の存立基盤である賃借権自体を担保にとることができないということの他に、既述のように、借地権者の債務不履行による借地契約解除による担保価値の消滅の危険性、及び民法612条による譲渡・転貸不自由の原則によるものと考えられる*12。判例は、土地の賃貸人は、借地人の地代不払いによる借地契約の解除に際して、事前に借地上建物の抵当権者に不払いの事実を通知する義務を負うものではないとする*13。しかし、抵当権者が借地人が債務不履行等により借地契約を解除できないか、常に管理把握しておくことはかなりの負担である。
 そこで、借地権付建物を担保にとる場合の問題を回避するため、通常、金融機関は、
借地上建物を担保に取る際に、@賃貸借関係が当事者間で争いなく存在することA抵当権実行により、建物を取得した者へ土地を継続的に賃貸することについてのあらかじめの承諾B借地人の債務不履行により賃貸借契約を解除する場合に事前に担保権者たる金融機関に通知すること、以上の内容の地主から抵当権者宛の承諾書を徴求することとなるのである*14。しかし、近時、承諾書に記載された地主の借地契約解除の際の事前通知義務の効力を巡る裁判例が相次いで出現するにいたっている。
 以上のように、借地権付建物を担保に融資を受ける場合は、所有権付建物を購入する場合とは違い、様々な制約が存在するが、それは第一に賃借権であるが故の問題点からくるものと、第二に建物の存立基盤である借地権の消滅の危険性からくるものの大きく二つに分けることができる。本稿においては、その両方の問題について検討を行い、借地権付建物がその価値に見合った融資を受けることができるような方策を、立法論を含めて提示したい。 
 
 2. 考察の方法・本稿の構成について
 借地権付建物が価値に見合った融資を受けるための一つの方策として、借地権自体を担保にとるという方法が考えられる。しかし、このいわゆる「借地権の担保化」の構想は、過去借地・借家法改正過程において二度議論されたのにもかわらず、結果的に見送られる結果となった。第一章においては、借地・借家法制改正の過程において借地権の担保化構想のどのような点が問題となったかを明らかにしたい。そして、第二章においては、借地権付建物を担保にとる場合の実務上の対応、地主の承諾書の効力が争点となった判例、及び定期借地権実務にみる借地権の担保化の要請等、実務における借地権担保を巡る諸相を検証する。続いて第三章においては、第一章・第二章での検討をふまえて、借地権付建物の担保価値の把握の具体的方策と立法提言を行うこととする。
第1章 二度見送られた借地権の担保化の構想
 
 第1節 借地権の担保化についての歴史的考察
 
  1.はじめに 
 
  (1)借地権の担保化の必要性
 借地権のうち、地上権については、現行法の下でも抵当権の目的とすることができる(民法369条2項)。しかし、賃借権である借地権のは抵当権の目的とすることができない。賃借権たる借地権を質権の目的とすることはできると解されているが、成立要件等につき、解釈に争いがあり、また、占有の移転が必要であることから、担保制度としては利用しにくい。また、建物に設定された抵当権の効力は従たる権利とてしての敷地の借地権にも及び、建物に抵当権の登記がなされると、抵当権の効力が借地権についても及ぶとするのが判例である。しかし、これは解釈論によるものであり、借地権そのものについて抵当権の登記をする途がないことから、金融機関による担保評価も低く、借地権の設定を受けてこれから建物を建築しようとする者が融資を受ける場合には、借地権を担保として供することはできない。このような背景のもとに、借地権の有効な担保化のための方策、特に借地権は賃借権であっても抵当権の目的とするべきであるとの議論が起こるようになった。借地権の担保化の必要性の背景は以上のようなものであり、担保化の当否の議論の中では、借地権自体を物権とすること、借地権である賃借権に登記請求権を認めて抵当権の目的とすることを可能とすること、借地権の消長に関し何らかの担保権者保護方策をとること等の点が主な争点となった。本節においては、借地権の担保化が法改正の経過においてどのように検討され、結果的に見送られることとなったかついて考察したい。
 
  (2)借地・借家法制の改正と借地権の担保化の方向性
 昭和22年に開始した借地・借家法の改正作業においては、我妻栄を中心に、専ら、借地権を財産権として強化するため、いわゆる「借地権の物権化*15」が検討され、借地権の担保化は、借地・借家法改正の主な論点の一つとなっていた*16。第二次世界大戦前後、民法学においては、賃借権の物権化に関する議論がさかんで、その背景には、土地は賃借人によって利用される場合が多いこと、土地所有権は地代徴収権に収斂するべきであるという考え方があった*17。しかしながら、改正作業の過程で、「借地権の物権化」という方向性が否定されると、「借地権の担保化」の導入もともに見送られることとなったのである。当時の借地借家法改正作業では、「借地権の物権化」は、「借地権処分の自由」を意味しており、「借地権の担保化」は、「借地権処分の自由」の一部と見なされていたからである。つまり、「借地権の物権化」と「借地権の担保化」は不可分一体の構想として検討されていたのである。
  しかし、賃借権の物権化論は、その理論的根拠であった近代的土地所有権論に対する批判により、昭和40年代に入り、次第に支持されなくなった*18。近代的土地所有権論は、水本浩、甲斐道太郎らの有力学者によって展開された*19。近代的土地所有権論とは、19世紀のイギリスの資本主義的農業において、地主、資本家的借地人、農業労働者という三階級が分離・対立していたことを土地利用の典型と考え、そこでの起こった土地利用権の保護・強化をわが国の借地権を近代化するためのモデルと考えるものである。この近代的土地所有権論に対しては、まず第一に、近代的であることが何故規範性を持つのかそして第二に、なぜイギリスの農地が不動産賃貸借一般のモデルになるのか、それから、第三に、物権化により借地権価格が発生し、投下資本の自由な活動を阻害するはずの物権化がかえって新規の借地の供給を阻害しているのではないか等という批判が行われるようになった。また、戦後の農地解放と昭和40年代の借地の減少により、物権化の一つ根拠であった借地の増大=土地所有権の地代地代徴収権化という社会的現象が否定されることになって、物権化論は近代的土地所有権論とともに、しだいに支持されなくなった。それ以来、「借地権の担保化」は、賃借権の物権化とは切り離された構想として検討されるようになったのである。
 賃借権の物権化論及び土地所有権の近代化論が支持されなくなった背景には、土地価格の40〜95%にも及ぶ、建物価格をしのぐに至った借地権価格の存在があることが指摘されている*20。他方でこのような借地権価格を金融機関が担保評価していないという実態を前提にして、資本としての借地権の有効利用の必要性が指摘されるにいたる。
 このような状況の中で、昭和60年から借地・借家法の見直し作業が始まった。この改正作業は、土地・住宅事情及びこれを巡る経済社会情勢の著しい変化と求められる借地・借家関係の態様の多用化を背景としていた*21。この中で、「借地権の担保化」は、「改正問題を考える場合に取り上げられるであろうと現時点で考えられる重要事項を客観的立場から拾い上げたもの」の一つとしてとりあげられたのにもかかわらず、平成3年に成立した借地借家法では、「借地権の担保化」の構想は、結果的に、またもやその導入が見送られたのである。 
 
  2. 借地法制の改正経過の概括
 
  (1)民法における不動産賃貸借の位置づけ
民法においては、賃貸借は債権契約の典型契約の一つとして位置づけられ、物の利用を目的とする契約の代表である。賃貸借は、賃借人が、目的物を現実に支配し、その使用価値を享受する権利は、賃貸人に対する債権(物を使用・収益せしむべきことを請求する権利)の行使過程において与えられる権利として構成されている*22。つまり、民法上は、賃借権は、物を支配する物権として位置づけられておらず*23、排他性、追求権および優先的効力はなく、対抗力はなく、原則として妨害排除請求権等の物権的請求権もないとされている*24。ただし、借地権者が妨害排除請求権を有するとする裁判例も存在する*25。民法612条の起草過程おいては、旧民法は、賃借権を物権とし、登記によって対抗力が生ずるとしたという経過もあり*26、借地権は、債権と物権の境界線上に存在する極めて物権に近い債権であるといえる。
 また、民法は、不動産の賃貸借が、動産の賃貸借と異なることは意識しており、民法605条は、不動産賃借権は、登記をしたときには対抗力が生じることを定め、短期賃貸借は、抵当権に遅れて登記された場合でも対抗力があり(民法395条)、登記した賃借権は残存期間1年間に限り買戻権者に対抗することができる(581条2項)。これらの規定は、いずれも、登記した賃借権に物権的効力を与える規定であるが、そもそも、賃借権には登記請求権はないのであろうか。
 民法典の立案者は、建物所有目的の借地は通常は地上権を使用するであろうと考えていたし、かりに、地上権でなく賃借権の場合でも、建物所有の目的なら賃借権登記がなされるであろうし、賃借権は登記請求権を有すると考えていた*27。判例にも、賃借権に登記請求権があることを前提としたものがあった*28。しかし、その後、特約がない限り賃借人には登記請求権がないとする判例が現れ*29、民法605条は、飾り物にすぎなくなってしまった。有力学説が、これら賃借権に登記請求権がないとする判例に異論を唱えなかったことが*30、賃借権に登記請求権がないということが通説として定着したゆえんであると考えられる。いうまでもなく、地主は、自己に有利なように、登記請求権のない賃貸借による借地契約を望み、借地人の地位は極めて不安定なものとなった。「売買は賃貸借を破る」というテーゼがここに構築されることとなり、地代値上げのための地震売買が、日露戦争後の地価高騰期に頻発することとなる。一方、賃借権に登記請求権があると解する立場も有力であるが*31、建物保護法、関東大震災後の借地借家臨時処理法等、借地権の対抗力を補完する諸法律が立法されるにいたって、逆に民法上は賃借権には対抗力がないことを実証する結果となったことは否めない。その後も、第二次大戦中に制定された戦時罹災土地物権令、戦後に制定された罹災都市借地借家臨時処理法、接取不動産に関する借地借家臨時処理法にも借地権の対抗力を補完する規定がもうけられた。
 借地権が地上権ではなく、賃借権で設定されることとなった理由は、登記請求権がない点が地主にとって有利であったことの他に民法612条が定める「譲渡・転貸不自由の原則」があげられる。民法612条は、身分的ないし主従的な人格的温情的関係を随伴した当時の賃貸借関係を前提として制定されたものであるといわれているが*32、地代を誰が支払い、誰が土地を使用・収益するかは地主にとって大きな関心事であることはいうまでもなく、地主は当然に賃貸借たる借地権の設定を受けることを望んだのである。
 他方、地上権推定法(地上権に関する法律、明治33年法律72号)が制定され、同法施行前に他人の土地において工作物または竹木を所有するために土地を使用する者を地上権者と推定し、民法施行に伴って生じた土地の使用関係を賃借権するか地上権とするかという類の紛争に決着をつけようとした。また、裁判所は、民法施行前の「借地」関係に関しては、可能な限り地上権として認定しようとした*33
 
  (2)建物保護法、借地法の制定
 既述のように、民法施行後は、起草者の意図に反し*34、現実の建物所有を目的とする土地の使用には、ほとんどが、地上権ではなく賃借権が利用されるようになった。これは、地上権推定法が、地主側を警戒させた結果であるともいわれている*35。不動産賃貸借で一番に問題となったのは、宅地賃貸借の対抗力と存続期間を巡る争いであった。日露戦争後は、市街地の地価の暴騰により、賃借権である借地権が対抗力を持たないのを奇貨として、いわゆる地震売買現象が起こった。これを防ぐために、建物保護法(明治42年法律40号)が制定され、借地人は、建物登記をもって賃借権を第三者に対抗できることとなった。しかし、同法は、1条2項において、建物が期間満了前に朽廃した場合のみならず、災害等により滅失した場合も借地権は対抗力を失うことを規定したため、借地権の存続期間に関する不安定性が問題となった。賃貸人の解除権を制限する判例も見られるようになったが*36、判例の蓄積では、借地権の存続を完全に保障することはできず、大正10年に制定された借地法(大正10年法律49号)は、賃貸人の解除権を制限し、法定期間を定めることにより
(約定による場合は、堅固な建物30年以上、非堅固な建物20年以上とし、約定によらない場合は、それぞれ60年、30年とする)、借地権の存続保障をはかった。借地法は、借地権の最低存続期間を法定するとともに、建物保護の見地から、契約の更新をしない場合は、借地人は地主に対して建物買取請求権を行使することができる旨を定めた。しかし、この建物買取請求権の建物買取価格には、借地権価格は含まれず、場所的利益のみが考慮される*37
 建物保護法によって借地権の対抗力が付与され、借地法によって存続期間が保障され、借地権は安定性を増したが、むしろ、賃貸借がこれらの特別法によって保護されてから、譲渡・転貸不自由の原則を規定する民法612条を巡る争いが頻発したのである。
 
  (3)借地法の制定から昭和16年改正・敗戦にいたるまで
 大正10年に制定された借地法によって、期間満了→借地権消滅→建物買取というプロセスができていたが、昭和16年当時の戦時住宅難においては、借地人は、期間満了により建物買取を行って建物代金を取得しても、新たに借家や借地を取得することは困難であった。昭和16年借地借家法改正の柱は、正当事由制度の導入で、主に借家人の保護をねらいとするものであったが、借地人も住宅政策上保護する必要が生じ、借地法・借家法ともに契約更新時に更新拒絶あるいは使用継続に対する異議には正当事由が必要であることとなった。この正当事由制度の導入により、土地あるいは建物はいったん貸すとなかなか返ってこなくなり、権利としての安定性を増すこととなる。
 
  (4)戦後の借地法
 戦後は、罹災都市借地借家臨時処理法による罹災借地権の対抗力の補充、地代家賃統制令の制定による地代統制が行われ、窮迫した住宅事情のもとでは、切実な具体的個別的な争いの解決が当面の問題とされていた。昭和30年代になると、判例においても、借地に関するものが借家に関するものを圧倒するようになった*38
 そして、昭和31年頃から我妻栄を中心とする法制審議会民法部会財産法小委員会は、改正準備作業にとりかかった。この時に開始した改正作業は、昭和16年の改正時とは異なり、借地法の改正が中心であった。法制審議会は、昭和32年5月には、「借地・借家法改正の問題点」を、昭和34年11月には「借地借家法改正要綱試案」、昭和35年7月には「借地借家法改正要綱案」を発表した。これらの案は、借地借家法を一本化し、借地権の物権化・担保化を提示する大胆なものであったが、要綱案に対する各界からの意見照会の結果には、借地権の物権化に対する地主層の反発が色こく表れていた。各界からの意見を反映して、全面的な改正はやめて、昭和37年以降に一部改正の作業が開始し、昭和39年に「借地法等の一部を改正する法律案」が決定し、昭和41年に改正法が成立した。改正法の骨子は、堅固建物築造許可・増改築許可・借地権の譲渡・転貸の許可の裁判制度(借地非訟事件手続)の導入、相当地代・家賃の供託制度の導入、区分地上権制度の導入、建物保護法1条2項(地上建物の滅失・朽廃により借地権の対
抗力が失われる規定)の削除である。改正作業は、近代的土地所有権論を根拠として、建物所有目的とする土地賃借権と地上権の一本化・物権化を進めようとしたが、結果的には以上のような部分的改正に終わったのである。借地権の物権化は借地権の処分(広く譲渡・転貸を含む)の自由(その一つとして、抵当権設定の自由)の問題として論じられてきたが、譲渡 転貸について一定の成果が上がったことが一つの原因とされる。加えて、賃借権に登記請求権が認められなかったこと、地代の不払いの場合の対処方法が明確でなかったことなども見送りの原因の一つであったことに違いない。この時期の改正作業において、借地権の物権化がはかられなかったことが、今日、借地権の担保を巡る複雑な議論の原因となっていることは否めない。民法612条に関しては、法改正の対象とはならなかったものの、信頼関係理論が定着し、借地権の永続性はより強固なものとなったが、譲渡・転貸不自由の原則が根本的に見直されなかったことの問題点は今日まで引き継がれている。
 また、借地非訟事件手続により借地権の譲渡・転貸を可能とする制度の欠陥は、阪神大震災時に明白になった。つまり、借地非訟手続による借地権の譲渡は、建物がある借地権に限り可能であり、建物が滅失した借地権の譲渡は予定されていない(旧借地法9条2項は、借地権者が賃借権の目的たる土地の上の建物を譲渡する場合の規定となっている)。この制度によって保護されるべきものは、建物の価値であって借地権の価値ではないのである。しかし、借地権価格は、更地価格の40%〜95%と高価であり、借地人にとっては通常、建物よりも借地権自体の価値のほうが重大な関心事である。
 
  (5)平成3年改正にいたるまで
  昭和41年改正後、物権化=所有権近代化論は理論的にも実践的にも批判されるようになり、借地権を法的に強化する方向性の議論は後退するようになった。一方、昭和41年改正により、借地権は一定の手続のもとに譲渡・転貸も可能となり、売買の対象となる傾向が強くなり、借地権に財産的価値が与えられるようになった。社会経済的にも、借地権価格が認知され、税務評価では、借地権割合によって課税されるようになった。終戦直後の借地権設定の際には、権利金のやりとりがなされなかったのにもかかわらず、借地権は、借地権価格を有するようになり、所有権に近い権利となり、財産的側面における物権化が進んだといえる。しかし、いわゆる借地権の物権化がすすむにつれて、借地権はより利用されるようになつたかというと、逆に敬遠され、所有権が好まれるようになったといえる。その理由はいつくか考えられるが、主な理由は@権利金の支払いが高額になったことA譲渡・転貸が未だ不自由なことB借地権価格が高額であるにもかかわらず担保価値が低く融資を受けにくいことC更新料・地代の支払いなどを巡っての地主とのトラブルが煩わしいこと等が考えられる。
 それでは、現在において、借地権はその役割を果たしているといえるのだろうか。建物保護目的でスタートした借地権は、法改正や社会経済情勢の変化によりそれ自体の財産的価値をますことによって敬遠されるようになった。借地権は安楽死するべきであるという見解も見られるようになり、借地権は、土地の所有権の再分配の触媒を果たしたと分析する立場もある*39
 
  (6)平成3年改正時に行われた借地借家関係における存続保障の緩和
 存続保障制度の強化の歴史によって、次第に財産的価値を増してきた借地権は、一方でその硬直性の問題点が指摘されるようになった。昭和55年頃から再び、借地・借家法改正に向けての作業が開始したが、この中で起こったのは、経済学者の自由化論に基づく、借地法制における存続保障の緩和論であった。それは、主に正当事由制度の見直しという視点で論じられた。つまり、借地法制における正当事由制度が、借地権を価値の高いものにした結果、借地市場を硬直化させているので、見直しをしなければならないという主張である*40。また、高度成長経済社会における都市再開発等事業を促進するために、改正の要請は主に政府・財界から起こったことは、これまでの借地・借家法制における改正に比べて特徴的である。
 財界特に大手ディベロパーなどにより、借地法・借家法が借主保護に傾くあまり、貸手の賃貸意欲をそぐ結果、宅地や賃貸住宅の供給、建替が阻まれているので、新たな借地方式の導入について検討してほしい旨の要請が高まり、政府としても昭和41年改正時に抜本的な改正を行えなかったところから、流動性の高い借地・借家マーケットを目指して改正を行いたい意向であった。折しも、中曽根民活路線という政治的な動向も重なり、昭和60年から法務省法制審議会民歩部会において借地・借家法改正についての検討が開始する。同年11月には、法務省参事官室から「借地借家法改正に関する問題点」が公表され、関係団体に対して意見の照会を行い、平成元年3月には「借地・借家法改正要綱試案」を公表するとともに、関係団体に意見の照会を行った。同年に開始された日米構造協議でも、借地借家法制の見直しは土地対策の一環として最重要課題の一つであると注目されていた。土地の有効利用をはかるために正当事由制度の見直しをはかることがこの改正作業の主な目的であったが、要綱試案が公表された数ヶ月後に自民党が参議院選挙に大敗、社会党が大勝し、参議院の与野党逆転現象が起こってしまう。これにより、借地借家法改正の状況もがらりと変わり、土地の有効利用の促進という名目を公然と掲げることができなくなり、正当事由制度の見直しについては、判例によって集積された判断基準を明確化するにとどまらざるをえなかった。一方、正当事由制度の適用のない借地権として三つの類型の定期借地権(借地借家法22条・23条・24条)及び二つの類型の期限付借家制度(借地借家法38条*41・39条)が創設され、存続保障緩和は一定の成果を成果を上げることとなった。その他の法改正の主な柱は、@借地権の存続期間の変更A地代家賃増減額紛争の調停前置主義B借地権の対抗要件としての明認方法の導入C自己借地権制度の導入D造作買取請求権の任意規定化などである。ただし、契約の更新にかかわる規定等重要な規定は、既存の契約には、新借地借家法が適用されないとするなど(借地借家法附則6条)、既存契約の存続保障には配慮がされることとなった。新法と旧法が永遠に併存的に効力を有するという例のない立法方式に政府当局の苦肉の策が伺えるのである*42
 
  3. 担保化を巡る法改正について
  (1)昭和41年改正要における借地権の担保化の議論
 賃借権の物権化を巡る議論の中で始まった昭和30年代の改正作業は、昭和32年「借地・借家法改正の問題点」、昭和34年「借地借家法改正要綱試案」、昭和35年「借地借家法改正要綱案」、昭和39年「借地借家法改正要綱」を経て、昭和41年3月に「借地法等の一部を改正する法律案」として上程され、原案通り可決された。
 「昭和32年問題点」においては、借地権たる賃借権の譲渡・転貸・抵当権の設定を認めること、そしてさらには、地上権・賃借権の二種類存在している借地権を物権として一本化すること等が検討項目に入っている。「昭和34年案」においては、「昭和32年問題点」が具体化された項目が列挙されている。ただし、第四において、「当事者は、その合意をもって借地権の譲渡又は転借地権の設定につき、土地所有者の承諾を要する旨を定めることができる」という部分が追加されている。「昭和35年案」においても、借地権を物権とすることが維持されている。しかし、「昭和39年案」においては、借地権を物権とする規定は削除され、譲渡・転貸に関する代諾許可裁判制度の導入が規定された。借地権の担保化の構想は、借地権の物権化が見送られることとなった結果、必然的に見送られることとなった。
 昭和30年代の改正の経過においては、借地権の譲渡・転貸を中心とする借地権の物権化は著しく後退したのであるが、このような後退は何故起こったのであろうか。立法担当官の解説によると、借地権の物権化には日本弁護士連合会をはじめとして反対意見が多かったこと、憲法上の問題が生ずることなどが理由としてあげられている*43。しかし、昭和32年案・昭和34年案・昭和35年案に対する意見を見ると、借地借家人組合・電気事業組合・金融界・不動産業界・法律学界・東京商工会議所・日本住宅公団・新聞社等報道機関などは軒並み借地権の物権化に賛成意見を述べている。一方、反対意見の団体としては、各地の土地協会、日本弁護士連合会、大阪商工会議所などがあげられる。以上の意見を概観するに、借地権の物権化に対しては、むしろ一貫して賛成意見のほうが多く、物権化を自然な成り行きととらえる向きが強かったといえるのではないだろうか。産業界にとっては、自ら土地を所有しない場合に借地人としても地位の強化が必要であったし、金融界とっても、産業界が土地所有に圧迫されずに資本の投入が行えるような態勢にあることが自らの利潤を生むことにつながると考えた*44。特に、借地権付建物を担保に融資する場合、建物に抵当権を設定し、融資を行うが、抵当権の設定には、競売手続きなどによる建物所有権の移転が伴うのであるから、借地権の移転が保障されていなければ、担保価値は全く低下することとなる。借地権に抵当権を設定するということは、競落人に借地権が移転することを意味するから、借地権の譲渡の自由が前提となる。また、資本回収のためには、譲渡・転貸の自由が必要であるとこいうまでもない。つまり、産業界の利益を確保するために、産業界自らそして金融機関が借地権の物権化を必要としたのである。昭和30年代前半の借地権の物権化に関する議論は、一般の借地人、これまで弱者というカテゴリーに分類されてきた借主保護のための議論ではなかったということができる。物権化の最大のブレーキとなったのは日本弁護士連合会の意見ともいえるが、おそらく、法律学界・裁判所・弁護士界の足並みを揃えて法改正に望みたかった法務省の意向が働いたものと考えることができる。
 結果的に、昭和41年改正は、借地非訟手続制度の導入により、借地権の譲渡・転貸が可能とすることにとどまらざるを得なかった。借地権の担保化の構想が見送られた結果、賃借権たる借地権を建物を建物とともに抵当に入れることはできなくなった。ただし、旧借地法には、9条の3の規定が追加され、借地上の建物の競落人が賃借権の取得に際して、賃貸人の承諾が得られない場合に、競売代金の支払い後、2ヶ月以内に裁判所に賃貸人の承諾に代わる許可の裁判の申し立てをできることとなった。裁判所は、競落人が賃借権を取得しても、地主に不利とならないということであれば、借地条件を勘案して承諾に代わる許可の裁判をするのが相当であるときは、承諾に代わる許可の裁判がなされる。昭和41年借地・借家法改正の評価に関しては、香川保一は、この代諾許可の裁判制度の導入によって、借地上建物の担保価値は若干であるが、増えたとするが*45、一方、水本は借地権の抵当化ができていないことが近代化の要にかけているとし、競落人に代諾許可申請権を認めるだけでは十分でないとする*46
 
  (2)平成3年改正の背景
 賃借権の物権化が中心として議論されて行われた昭和41年改正の後、昭和50年頃から、土地・住宅事情及びこれを巡る経済社会情勢の著しい変化と求められる借地・借家の態様の多様化*47に伴う、借地・借家法と実態とのずれが指摘され、実務現場からの要請に応えるために借地・借家法の改正を求める動きが起こった*48。昭和50年代に入ってからは、借地方式による住宅が活発化して*49、建設省もそれを促進した*50。この論議の中では、借地権の存続保障のあり方の問題及び借地権の担保化と流通性の確保が問題となった*51
 一方、昭和50年代以降は、借地借家問題は、私権の調整だけの限定的意義を有するものでなく、広く、都市問題等と密接な関わりを持つ問題であるという捉え方が広まった。オフィス用地供給のため、ディベロパーは既成市街地の再開発に目を向け、障害となる従来からの借地人・借家人を排除するために正当事由の明確化を要求した。再開発は、第一義的には所有権による土地取得を目的としていたので、借地権の担保化や流通性の保障という問題の影はうすくなっていた*52
 民活による都市建設のための規制緩和論の一環としての借地借家法改正論の問題点としては、@借地法・借家法にとっては外在的な都市再開発という課題をストレートに借地・借家法の中にもちこむことの当否A再開発は私的開発主体の利潤活動の一環としてなされるものであるのに借地人・借家人の権利縮小が問題とされることの是非B長期的な都市の現代的発展を考慮した改正論でなくてはならないのではないか*53等というものがあった。
 一方、平成3年改正に向けての改正作業の中で、借地権の流通性と担保化に関する議論は、借地権自体の担保が問題とされているという点(昭和41年改正時のように、建物の価値・建物に対する投下資本の回収が主な趣旨ではない)*54及び借地権の存続保障等他の改正とも併せて論議されているので借地権の存続保障のあり方と関連して意味が違ってくる、特に借地権価格のあり方が担保化に深く影響するという点において、これまでの議論と異なった様相を呈していた。
 
  (3)昭和60年「問題点」                
 昭和60年に法務省民事局参事官室が公表した「借地・借家法改正の問題点」においては、まず、担保化の方法として、35年案のように物権とする方法と賃借権たる借地権に独自の方法を考案する方法が検討された。「問題点」では、借地権の担保化は「第一借地法関係三担保制度について」において、「借地権を担保に供するための方策を講ずるべきであるとの考え方があるがどうか。講ずべきであるとすれば、どのような方策が適当か。例えば、借地権である賃借権は抵当権の目的とすることができるものとするとの考え方があるが、どうか。」という問いかけをし、注(1)で、「借地権である賃借権について登記請求権を認めるべきか、又は登記請求権を認めないで登記されたものについてのみ抵当権の目的とすることができるものとすべきか」という説明をしている。そして、『「借地・借家法改正に関する問題点」の説明』*55においては、「借地権を物権としても、それによって当然にその権利が強化されるものではない。」とし、昭和35年要綱案に示された物権化の方向性はとらないことを明示している。つまり、借地権の担保化は借地権を一律物権化は前提とせず、債権としての借地権の担保化の方
策が問われる形となっている。また、賃借権たる借地権に抵当権設定を認めるかどうかという点については、認めるという方向での検討が開始された。この「説明」においては、借地権である賃借権を抵当権の目的とする考え方に関し、主に金融機関からの意見を期待している。その上で、借地権である賃借権を抵当権の目的とすることができるとしても、登記請求権がなければ実効性がないとし、登記された抵当権についてのみ、抵当権の目的とする案が示されている。そして、原則登記請求権を認め、特約により排除する途を開くことを可能とする案も提示されている。
  問題点の「第一借地法関係三担保制度について」の注(2)においては、さらに、賃借権たる借地権を抵当権の目的とするには譲渡性の確保が必要であるとし、「説明」においては賃借権たる借地権を目的とする抵当権の実行による賃借権の移転の際の土地所有者の承諾に代わる許可の裁判制度の導入を提案している。さらに、注(3)においては、賃借権たる借地権が競売にかかる場合に、建物と一括競売をすることを提案している。
  さらに、注(4)においては、担保の目的物である借地権が担保権利者にとって不測の事由により消滅し、又はその価値を減ずることを防止するため措置、つまり、地代不払いによる等を理由とする借地契約の解除によって借地権が消滅することを防ぐ方策の必要性を示唆している。つまり、借地権を担保とする場合に、担保権利者が十分に担保価値を把握できない最大の理由は、賃借権たる借地権そのものに抵当権をつけることができないことよりも、借地権が不安定な権利であり、地代不払い等の理由により、解除され、借地権そのものが消滅してしまう危険性があることにあるといえる(地上権たる借地権の場合は、民法266条1項により、地代不払いによる地上権の消滅請求)。したがって、借地権が借地権者の都合により消滅することのないような方策をとる必要があり、「説明」においては土地所有者に、契約解除事由が発生した場合の担保権利者への通知義務を課すること等の是非について意見を求める趣旨が記載されている。
 「問題点」の借地権担保化構想に対する各界よりの意見を見るに*56、不動産業界は、おおむね賛成しており、地主組合などはおおむね反対している。借地組合などは、意見を表明しないものや反対意見を表明しているものがみられ、金融機関(全銀協、地銀、相互銀行)は揃って消極意見を述べている。
 「問題点」に示された賃借権たる借地権を抵当権の目的とすることに対する各界意見は、賛成の意見が比較的多い。賛成の理由は、借地権が価値の高い財産であるのにもかかわらず、担保に供する途がないのは不当とするものが多く(裁判所、日弁連、大阪市大、早大、日本公証人連合会、鑑定協会、建築業協会、不動産協会協会)物権化を検討するべきであるとする意見も見られる。反対意見としては、立法技術上の困難性や実効性の乏しさを理由とするものが多い(明大、中京大、全銀協)。貸主団体は、物権化につながるものとして、反対している(地主家主協会、京都貸地貸家協会、大阪土地協会、兵庫県家主協会、大阪貸家貸地協会)。
 前記の注(1)〜(4)において示された問題に対する各界意見としては、まず、賃借権たる借地権に登記請求権をみとめるべきかどうかという点については、賛成意見を表するものとして、裁判所、大阪市大、日大、早大などがある。一方、地主の抵抗感を理由に登記された賃借権についてのみ、抵当権の対象とするする意見も多い(裁判所、日弁連、国士舘大学、鑑定協会、不動産協会、法友会、農協)。そして、注(3)が提示した、抵当権の実行による賃借権たる借地権の移転についての地主の承諾については、競売手続による売却の実施後売却許可決定期日までの間に最高価買受申出人が賃貸人の承諾又はその承諾に代わる許可の裁判を得るべきものとする方法(売却許可条件方式)と、賃借人と競落人との間においては、承諾の有無にかかわらず、競落により賃借権たる借地権が移転するものとし、競落人がその取得を賃貸人に対抗することができるか否かによるとする方法(売却許可後承諾方式)については、それぞれに賛成意見が存在した。また、具体的方策は示さず、代諾許可裁判の導入を必要とする意見もみられた。次に注(3)が一括競売制度の導入を問うている点については、圧倒的多数の団体(裁判所、日弁連、大阪市大、日本公証人連合会、不動産協会)が、賛成している。最後に、注(4)が提案する借地権の担保価値確保のための措置の導入については、当然のことながら、金融関係業界は全て賛成をしており、地代不払いによる借地契約の解除を防ぐために代払いの機会を確保することを求めている。また、日弁連・裁判所・大阪市大もこの案に賛成する。一方貸主協会は反対の意見を述べ、関大も、土地所有者のかかる義務を負わせる法律上の根拠が薄弱であることを理由に反対した。裁判所の一部の意見も同様に、担保価値の維持は、担保権者の任意の担保権管理上の努力によるべきであるとした。
 
  (4)稲葉試案 
 このような混迷の中で、昭和62年10月から昭和63年6月にかけてNBL388号から402号に、法務大臣官房審議官稲葉威雄による論文「借地・借家法改正の方向向」が連載され、後に別冊NBL20号として刊行された。稲葉は、第一に、借地権の物権化については、借地権の担保化を実現する抜本的解決方法であるとしながらも、現段階での実現は不可能であるとした*57。そして、登記された賃借権について抵当権の目的とすることができるとした上で法律関係を整理し、その権利としての不安定性をできるだけ排除する方策を講ずることが適当とした。その上で、第二に、登記請求権の付与については、借地権の担保化を至上命題とするならば、法律上明文で借地権についても、当然に登記請求権を認めるとすることが適当であるとした。しかし、地主の抵抗感が強いので、原則認めて特約で排除することを可能とするべきであるとした。
 稲葉は、第三に、建物抵当権との関係は、地上に建物がある場合は、借地権のみに抵当権を設定することはできず、建物とともにでなければ、抵当権の設定はできないとし、一方建物のみに抵当権が設定された場合は、借地権にもその効力が及ぶとする規定を設け、判例理論を明確化するとした*58。更地の場合は、借地権のみに抵当権を設定することを認め、借地上に建物が建てられた場合は、一括競売するべきものとするのが妥当であるとした。
 そして、第四に、地代の不払いによって借地権借地権の担保価値把握が困難になることについては、担保権者があらかじめ通知に要する費用を提供して通知するべきことを求めたときに限って地主が通知義務を負うとするのであれば、地主に過大の負担をかけるものとはいえないとした。第五に、抵当権実行による競売手続における借地権譲渡についての承諾については、現行の事後承諾方式を改める必要はないとした。
 稲葉は、地主からの反対について、地主は借地権の担保化で特別に不利益を被らないとし、競落人が地主の承諾または代諾許可裁判によって借地権の譲渡を受ける必要があることに変わりはないことを指摘している。
       
  (5)平成元年要綱試案
  平成元年には、法務省民事局参事官室から「借地法・借家法改正要綱試案」が公表された。借地権の担保化は、「第四自己借地権及び借地権の担保化」として自己借地権と同一の項目におかれている。問題とされたのは、以下の四つの事柄である。
1 抵当権の目的たる賃借権
 賃借権たる借地権で登記のあるものは抵当権の目的とすることができる。「問題点」においては、賃借権たる借地権に登記請求権を認めることの是非が問われていたが、「試案」では、登記されたものだけが抵当権の目的とされることとなった。借地権に登記請求権を認めることに対しては、土地所有者の抵抗が強く、無理強いをすれば、借地の供給を減少させることになるというのがその理由である。稲葉論文においては、登記請求権を認める一方、特約で排除することができるとする考え方が示されていたが、そうすると、特約を忘れた場合にのみ登記請求権が認められることが妥当ではないとする。
2 建物についての権利との調整
(一)賃借権を目的とする抵当権については、抵当権の規定を準用するものとする。
(注1)建物と借地権が同一人に属する場合において、その一方のみが競売に付された場合は、法定転賃借権が設定されたものとみなされる。
 借地権を建物とは独立に抵当権の目的とすることができるとした場合には、建物についての権利との不一致が生ずるので、調整が必要となる。民法は、土地と建物を別個の不動産と規定していることにより、その一方のみに抵当権が設定された場合に必要となる調整を法定地上権及び一括競売の制度で解決しようとしている(民法388条及び389条)。これらの規定は、地上権が抵当権の目的となっている場合に準用されているから(民法369条2項)、賃借権が抵当権の目的となった場合も準用するのが妥当であろう。これが(注1)の考え方である。
(注2)A案は、土地建物双方に賃借権を設定することを基本とする考え方、B案は、抵当権と賃借権の一括競売を基本とする考え方。A案には、土地建物双方に抵当権を設定しない場合の効力が明確でないなどの問題がある。B案には、現行の抵当権制度を賃借権の場合にも準用する考え方である。B案の問題点は、「借地上建物に抵当権が設定された場合には、原則として、その抵当権の効力は、その建物の所有を目的とする借地権にも及ぶ」とする判例理論との関係が問題となる。
(注3)借地上建物に抵当権を設定した場合には、その効力は当然その建物所有を目的とする賃借権に及ぶことを明文化する。
 (二)抵当権設定後に築造された建物は一括競売に付する。
3 賃借権を目的とする抵当権の実行
 賃借権を目的とする抵当権の実行については裁判所による譲渡の許可の規定を準用する。
4 借地契約の解除と抵当権者への通知
(一)土地所有者は、借地権者の債務不履行による契約解除あるいは地上権の消滅請求を行うときは、土地所有者に通知しなければならない。
(二)通知の費用は抵当権者の負担とする。
(三)土地所有者は、通知をしなかった場合は、抵当権者に対し、契約の解除又は地上権の消滅を対抗することはできない。
 以上のような内容の要綱試案に対する各界意見*59としては、借地権の担保化案については、賛成意見が圧倒的多数であった。貸主団体が反対したが、その理由は、担保化は借地権価格の定着につながるおそれがあること、借地権に登記請求権を認めよ、との議論に結びつく可能性があること、建物との権利調整が複雑になること等であった。
 法律関係団体で賛成のものは、日弁連・公証人連合会・日司連・日本法律家協会・婦人法律家協会等である。不動産関係団体も多くが賛成した。この中で、担保化の実効性を確保するためには、借地権者に登記請求権を付与するべきであるとするものも多々みられる一方(獨協大・大阪市大・早稲田大・婦人法律家協会・住宅産業協会・東京借地借家人組合連合会・鑑定士協会等)、登記請求権に関しては、一般的にこれを認めると、譲渡や担保化を予定していない借地権者に対しても、高額の権利金や承諾料を請求されることになったり、土地所有者の供給を阻害する要因となることを理由に反対するものがある(日本ハウスビルダー協会・都市再開発法制研究会・大阪商工会議所)。
 試案二2(一)(注三)の借地上建物に抵当権が設定された場合には、その抵当権の効力は、借地権に及ぶことを明文化することについては、賛成意見が圧倒的多数であった。試案二2(二)の一括競売制度に関しても、賛成意見が多かった(裁判所のほとんど、日弁連など)。
 試案二4(一)の土地所有者の通知義務については、貸主団体の反対意見がある他は、土地所有者に通知を義務づけて抵当権を保護するという基本的方向に賛成するものが圧倒的多数であった。通知する抵当権者の範囲は、土地所有者に請求をした抵当権者に対してのみするとする試案の提案について賛成するものが多かった(日弁連・大阪市大・早稲田大・日本法律家協会・公証人連合会・日司連など)。このように、試案の段階では、借地権の担保化に対する積極意見は非常に多かったといえるのである。
 
  (6)見送られた借地権の担保化
 ところが、平成3年2月4日、法制審議会総会は、借地権の担保化の導入を見送ることを決定し、法律案要綱には、借地権の担保化は取り入れられなかった。見送られた理
由としては、@借地権を担保にとるためには、借地権の登記が必要であるが登記請求権がないA借地上に建物が建てられているにもかかわらず、借地権のみに抵当権が設定され、それが実行されたときの権利関係をどうするのかについて納得できる解決策に乏しいB抵当権者にとっては、せっかく担保にとった借地権が賃料不払い等の原因により解除されたときに担保を失うこととなるが、地主に通知義務を課すことの根拠に乏しいの三点があげられる他*60、問題とされる抵当権改革の中で一緒に検討するべき*61であるとする。星野英一は、「借地権と建物は法律上別のものですから、これを常に一体として扱うとする構成もなかなか難しく、といってそうしないと、今度は、建物と借地権とが別々な競売される可能性があるのをどうするのかといった問題が起こってくるため、さらに検討が必要となっています。」としている*62
 以上のような改正の経過から明確なことは、要綱試案の段階までは、法務省側も、ある程度実現することを前提に作業をすすめていたが、要綱案をまとめる段階で、関心が薄れたということである。結果的には、借地権の担保化の構想は、過去二回にわたる借地・借家法改正過程で、二度とも見送られることとなったのである。簡潔にいうならば、一度目は、物権化への抵抗感のために、二度目はバブル経済の崩壊に伴い、借地権を資本投下の対象とする必要がなくなったために、借地権の担保化は必要ではなくなったのではないか。借地権までバブル投資の対象とならなかったことは結果的にはよかったのかもしれないが、近時さかんになっている定期借地権付住宅・マンションの資金調達のためには検討されるべき課題ではなかっただろうか。
 要綱案をまとめる段階では、借地・借家法の改正作業の中での中心的課題である正当事由制度の見直しが定期借地制度の導入と正当事由制度の明確化という形で落ち着き、また、既存の契約には新借地借家法は適用しないというこれまでの法改正でも例をみない形で新法が制定されることとなるという事態の中で、借地権の担保化に伴う抵当権改革などの複雑な法改正に対応する体制が整わなかったのではないだろうか。
 なお、昭和41年改正・平成3年改正時両方で見送られた問題は借地権の担保化以外に、正当事由の判断基準の明確化として土地の高度利用を入れることがあげられる。  
 
 第2節 借地権価格について
 
  1.借地権価格の由来
 
 借地権の担保化が議論される前提には、借地権自体がいわゆる借地権価格と呼ばれる価値を有するようになったという状況がある。発生の背景としては*63、@借地権の長期的な存続保障A継続地代と競争地代の乖離B高度成長以降の過程で生じた地価の高騰等があげられる。
 借地権自体は明治以前から存在しており*64、明治30年代には、千代田区の借地で、既に権利金の授受が行われており、借地権価格は既に存在したといわれている*65。権利金、借地権価格の発生については、大正10年の借地法制定によるとか、戦後の地代家賃統制令によるとの見解があるが、地代の値上がり分の先取という意味の権利金と、借地権売買の対価としての借地権価格は、既に借地法制定前の地価上昇傾向の中で発生していた*66。借地法の制定により、最低期間が法定され、地代を容易に上げることができなくなると、権利金を徴収が一般化するようになった。低い地代の正当化にもつながり、いわゆる借り得部分が発生し、これが差額賃料還元法というの不動産鑑定方式となって借地権価格が形成されることとなったのである。
 昭和14年、地代家賃統制令が施行され、昭和16年には、正当事由制度が導入され、「土地はほぼ一旦貸したら返ってこないもの」となり、借地権の財産的価値が定着した。昭和23年には地代家賃統制令により権利金の授受も禁止された。昭和25年新築建物及び商業用建物についてその敷地の権利金授受禁止は解除される。このころ、住宅地においては、地代家賃統制令で禁止されていたのにもかかわらず50%から60%の権利金の支払いが行われ、商業地においては80%から90%の権利金が授受されていた。
 昭和30年代の改正論議はこのような中で行われたのである。昭和35年の改正要綱試案を巡る議論においては、借地権価格という概念が定着し、高額の権利金を支払って借地権を得るのにもかかわらず、有効な利用方法が法的に保障されていない状況の中で、借地権の譲渡・転貸・担保化の議論が起こるのは当然のことであるとされた。この動きの副産物は首都圏以外の地域で権利金や更新料支払い慣習が起こったことであるといわれている*67
 度重なる借地法制の改正によって借地権は強化されていったが、昭和41年改正では、借地権の担保化は、見送られた。その理由は、第1節でも述べたように、@借地権の物権化が頓挫し、債権のままとされた以上、登記請求権を借地人に認め、借地権自体を抵当に入れることが困難になったこと、A改正過程では、「担保化」は独立では検討されず、譲渡、転貸の自由の箇所で検討されていたが、譲渡、転貸が、非訟事件手続きの導入により可能となったこと B担保化したとしても、借地人の地代不払による借地契約解除により借地権はなくなってしまうことなどが考えられる。
 この昭和41年改正当時には、特に都心部において、権利金、更新料、名義書換料等が一般化し、それにも増して、立退料が慣行化、高額化が発生した*68。大正10年に借地法が制定され、長期の借地期間が強行的に定められ、法定更新制度、借地期間満了時の借地人による建物買取請求制度が導入され、借地権は、法制定以前と比べて格段に強固なものとなったとはいえ、期間満了時に地主が更新拒絶をするかあるいは、借地人の土地の使用継続に対する異議を述べると、借地人は土地明け渡しを余儀なくされた。しかし、昭和16年の法改正により、地主が更新拒絶行う場合、あるいは借地人の使用継続に対する異議を述べる際には、正当事由が必要となり、また、昭和37年には、正当事由の判断材料に借地人側の事情も斟酌するべきであるという裁判例が出現するにいたった*69。結果として、借地人は、正当事由の存否を争うことによって建物価格を越える補償を受け取ることができるようになり、裁判例が、昭和40年頃から正当事由の補完金としての立退料の提供を認めるようになり、借地権は財産的価値を持つこととなった。また、立退料は、借地人に対する財産的補償という意味あいの他に、借地人が従前と同じ生活の基盤を他に得られるための生活補償的に意味あいも持つにいたり、高額化し、借地権価格に基づく補償が立退き要求の際には必要とされるに至った。
 立退料の高額化により、地主にとっては借地は貸しにくいものとなり、一方、立退料の高額化が権利金の高額化をもたらし、借地は借りにくいものとなった。借地権は、半永久的な権利と化し、借地は一旦貸すと戻ってこないといわれる権利となった。また、昭和25年以降地価が急激に上昇するようになると、土地所有は、地代徴収権ではなく、キャピタルゲインに対する期待権と化していった。その結果、新規の借地供給は減少し、希少価値故に、新たな借地権の設定には、より高額な権利金が必要となった。これが、特に都心部における、地価の40〜95%にも及ぶ、高い割合の借地権価格が定着した由来である。
 
  2.借地権価格の性質と算定法法
 
 1で述べたように、借地権価格発生の主な理由として、@適正地代と実際支払地代との乖離による「借り得」部分を借地人の権利と位置づけたことA地価の高騰により新規借地の供給が減少し、借地権が希少価値を持つようになったことB借地法制の改正により、借地権の長期的かつ安定的に存続保障がなされるようになったこと等があげられよう。
 それでは、社会的に定着するにいたった借地権価格の性質をいかにみるべきであろうか。借得部分を取引の対価としての借地権価格とみる考え方*70、地代の算定基準、借地権の消滅に対する補償の意味を持つ場合もある。特に、収用や課税の場面で、主に借地権割合という手法を使って借地権価格の概念を用いる必要があった。借地権価格については、地価の何割という形の「借地権割合」によって計算されることが多い。
 借地権価格の算定方式には次の五つの方式が存在する*71。@比準方式は、当該借地権の存する近隣地域または、同一受給圏内の類似の地域における借地権の取引事例をもとに、これを対象借地権との間で要因比較することにより、その価格を求めようとするものである。A借地権残余方式は、借地権付建物の総収益から借地権に帰属する純収益を求めて得た額を還元することにより、その価格を求めようとするものである。B差額賃料還元方式は、当該宅地の正常実質賃料相当額から実際支払賃料を控除して得た額を還元して借地権価格を求めようとするものである。C割合方式は、契約の対象となる土地に着目し、この土地の完全所有権に対する土地利用割合を判断することにより、借地権価格を求めようとするものである。D底地価格控除方式は、更地または建付地価格から当該底地価格を控除することにより、借地権価格を求めようとするものである。
 これらの方式は、新旧不動産鑑定評価基準に定められている。昭和39年基準では、比準方式、割合方式及び底地収益価格控除方式が、昭和44年基準では比準方式、割合方式及び底地収益価格控除方式が、平成2年の新基準では、これら全ての方式を採用している。つまり、昭和39年基準においては、宅建業者及び現実の算定根拠を取り入れ、借地権割合による価格が主な標準価格とされたが、昭和44年基準では、借地権価格=「借り得」分という考え方が前面に押し出され、還元方式が主たる基準とされ、割合方式は、参考事項とされた。しかし、平成2年の新基準では、借地権取引慣行の成熟度の高い地域と低い地域に区分し、前者においては、その地域の借地権割合により求めた価格が、標準価格に次ぐ事項に格上げされている。借地権取引慣行の成熟度の高い大都市地域では、比準価格と土地残余法による収益価格を標準とし、その地域の借地権割合等を比較考量して決定され、成熟度の低い地方都市や農山村では、比較とすべき比準価格の例が殆どないため、収益価格を中心にして決定されることとなったのである。
 
  3.借地権の担保化の背景となった借地権価格
 
 社会的に認知されるにいたった借地権価格は、その算定方式にも一定の基準が定められるに至り、昭和35年、そして昭和60年に開始された二回に渡る借地・借家法の改正作業において、借地権の担保化が必然的に検討されることとなったのである。新たに借地権を取得するには、借地権価格相当額の権利金の支払いを余儀なくされる。また、建物を建てるため、あるいは資本調達のために、借地権を担保に供する必要性がでてきた。借地権価格の確立は、借地権の担保化にとって、前提条件ともいえるのである。このように、借地権価格が高いものであるので、借地人にとっては、建物価格よりも借地権価格のほうが重大な関心事となった。
 
 第3節 借地権の担保化を巡る社会的背景
 
  1.昭和41年改正の社会的背景
 
 ここでは、二度に渡り見送られた「借地権の担保化」の社会的背景について、特に住宅事情等を中心に検証を試みる。
「戦後10年を経た今日、国民生活は、衣食の面では相当向上してきたが、住の面では全国で270万戸不足に表現されているように、またまだ解決をみていない。こういうおりから、法制審議会のメンバーである大学教授連と法務省事務当局が合同会議を開いて、借地法の改革案を作成して、できれば通常国会に提出しようとしていることは注目していい。地主と借地人、家主と借家人の争いがいかに多いかは、東京地方裁判所の普通事件の半分が借地借家の訴訟で占められている一例を見ても明らかである。戦前の借地・借家関係の紛争は、個人間の利害の調整に重点が置かれていたが、今日では、個人の利害調整から進んで、社会的に宅地、建物の合理的利用を推進する見地に立っての調整の段階に来ている。(略)・・物権としての地上権は地主の同意をうることが困難なため、ほとんど設定されておらず、多くが債権としての賃借権にとどまっている。このため借地人は借地権を財産として利用できず、たとえ第三者が建物を買取っても、地主の承諾がないと立退を要求される不安があるため、建物の財産としての利用価値も低められ、不動産金融の障害にもなっている。そこで借地権そのものを物権化することが当然に考慮に上がってくるのである。」*72
 この毎日新聞社説が、当時の借地借家法改正の社会状況を如実に物語っているといえよう。昭和32年当時の法務省民事局参事官、川島一郎氏は、借地借家法改正の理由として、以下の四点をあげている*73。第一に、現在の借地借家法がわれわれの社会の実情に適合しなくなっていること。第二に、人口が膨張した都市における土地建物の利用の高度化を図り、かつこれに適合した体制を借地借家法制から整備する必要性がでてきたこと。第三に、罹災地における借地人・借家人の保護の規定が現行法には全く欠けていること。第四に、借地権を抵当権の目的として利用できるようにする必要性があること。この発言及び前掲の毎日新聞の記事を見るに、1950年代半ばから始まった借地・借家法改正作業が、借地借家人保護の強化を目的としたものではないことが伺える。土地利用の合理化・借地借家裁判の迅速化・金融機関からの要請等、社会経済情勢の変化に対応する改正が求められていたのではないだろうか。法改正の過程では、それらの問題は、借地権の物権化(譲渡、転貸の問題)、借地条件の変更と正当事由の明確化、罹災都市借地借家臨時処理法改正論、借地権の担保化などという論点で検討された。
 柚木馨は、「・・・・むしろ住宅造出を促進するとか、近代的な地上工作物の権利関係をどうするとか、あるいは中小企業者の投下資本の回収その他の保護途か言う方向に焦点が向けられているのじゃないか」という指摘をしている*74。これに対し、我妻栄は、「・・・いわゆる社会立法といわれる借地法・借家法も、借地人や借家人を保護するだけが目的というべきではなくて、むしろ、借家人や借地人の地位を安定させていくことが現在の社会生活なり経済関係なりの安定向上に役立つと考えたのだろうと思うのです。今度の改正でも、いままでの法律は現在の実情に合わなくなった、あるいはもっと合理的に規制しなくちゃならんということは、やはりそうした立場から、借地人あるいは借地権、借家人あるいは借家権が一層安定性をもったものにされるということでしょう。むろん、その反面、所有権が制限されていくでしょうし、契約自由の原則が押えられていくになるでしょう。だから、もし近代法の予定した自由な所有権や無制限な契約の自由に制限を加えることが社会立法だというなら、今度の改正も、やはり同じ線に沿った社会立法だといってよいのじゃないでしょうか。」と反論している*75。広瀬武文は、「こうした保護を与える必要がある場合に、そのために、地主や家主の利益が民法によって与えられるところよりも非常に少なくなるという結果を生じたとしても、土地や建物の利用関係を合理的に維持しなければならなぬことが社会的に要請されるかぎり、やむをえないのではないでしょうか。」としている*76
 つまり、柚木はこれまでの借地借家法制の改正は社会法的方向性でなされてきたが、昭和30年代に始まった改正作業は、方向性が違うのではないかという疑問を呈示したのに対し、我妻、広瀬は、方向性の変換については否定しているものの、「借地借家人の地位の安定が、社会経済生活の安定に繋がる」「土地建物の利用関係の合理的維持」等という理由が法改正作業の目的であるとしたのである。借地借家人の保護がむしろ社会経済の安定に繋がるとする法改正の趣旨は、それまでの弱者保護を目的とした借地借家法制の改正作業とは異なっていることは明白であるといえよう。「借地権の担保化」及び同時に議論されていた「正当事由の明確化」は、この方向性に逆らうものではなかったのにもかかわらず、結果的にはその導入が見送られることとなった。
 
  2.昭和50年代の改正論議の背景
 次に、昭和41年改正時に見送られた借地権の担保化の構想が再び議論されるようになった背景を検討したい。昭和50年代に入り、借地方式による住宅・宅地供給が活発化したことがが土地・住宅事情の変化として挙げられるであろう*77。 昭和40年代に二度のオイルショックを経験して安定成長の時代に入ると、地価が安定しはじめた。そのため、地主は、これまでのようにキャピタルゲインの確実な把握のため、土地を遊ばせておくのではなく、増大した租税負担の対策のため、土地所有権を手離さないで安定収入を得る手段として、借地に目を向け始めたのである。一方で、これは住宅の需要者にも、比較的小さな負担で宅地を安定的に利用することができるというメリットがある。そこで、宅地供給不足を解消するため、建設省を中心に、その一層の促進がはかられたのである*78。 そのような状況の中で、「借地権の担保化」の構想は、住宅取得者が建物と同時に借地権を相応の価格で買い取る場合に、その投資額をも融資の対象となるように、その検討がなされるに至った。
 昭和50年代に開始した借地借家法改正作業のメインテーマは、「正当事由の明確化」および「正当事由制度の適用のない借地権=定期借地権」であった。借地方式による住宅・宅地供給の促進*79には、地主が安心して土地を貸し出すことができなければならない。地主とディベロッパーの間で更新しない旨の特約を結んでも、借地法11条違反のため無効となる。借地権が、半永久的な権利とならないよう、「定期借地権の導入」が要請されたのである。昭和50年代末以降は、オフィス用地供給のため、ディベロッパー業界は、既成市街地の再開発に目を向けはじめ、その障害となる従来からの借地人、借家人を排除するため「正当事由の明確化」を求めた*80。 昭和59年4月に社団法人「不動産協会」が出した「『借地方式』による土地利用促進方策について」においては、「土地売買市場が狭隘化した今日再開発等の用地を調達するため借地方式を活用したいが、そのためには現行借地制度に対する土地所有者の根強い抵抗感を解消するような法律改正が必要である」と述べられている*81
 このような財界からの借地法における正当事由制度の見直しの要請は、政界を通じて借地借家法改正の動きを引き起こすこととなった。昭和60年の臨時行政改革推進審議会規制緩和分科会が公表した『規制緩和の推進方策』においては、借地権の存続保障の見直しが指摘されている。政治情勢を受け、法務省も借地借家法の改正作業に着手することとなった。そして、「借地権の担保化」およびその前提である「正当事由の明確化」が再検討されることとなったのである。このような経緯から「改正をめぐる争点は、必ずしも従来の地主─借地人の二極構造のそれではなく、新しい借地人または買主(デベロッパー)を加えた三極構造のそれである」*82 といわれることがある。しかしながら、昭和30年代の改正作業は、地主と借地人の矛盾する対立関係を調整したにすぎないものではなく、「借地権の担保化」については、その利害関係の中に金融機関が入っていたこと当然である。法務省も「ここ数年来、借地方式による宅地の供給の促進及び都市における土地の有効利用のための建替えの促進といった観点から、借地法及び借家法の見直しをすべきである、との意見が強く主張されているが、今回の審議は、民事基本法である両法の基本的理念に基づいて行われるものであって、借地権及び借家権に本来的に要請される安定性を損なわない限度で、今日及び将来の社会経済情勢のもとにおいて、当事者双方の公平な利害の調整の在り方はどのようなものであるべきかという高度に政策的な見地から行う」としていた*83
 昭和30年代の改正は、既述のとおり、借地権の物権化、すなわち、土地所有権の近代化を試みようとしようとしたものであったが、昭和60年から開始した改正作業は、当事者の利害調整を民事基本法という枠をはめて行おうとしたのではないか。そして、このような方針による改正の結果として、「借地権の担保化」は、またしてもその導入を見送られることとなり、ディベロッパーの要請は、定期借地権の制度を利用した住宅・マンション等によってのみかなえられることとなったのである。
 「借地権の担保化」に関しては、地主サイドの強い反対が、昭和30年代と同様にあったことに加えて、土地住宅情勢の変化が、借地権の担保化をそれほど必要としていなかったのではなかったといえるのではないか。実際、平成3年改正に向けての作業の背景となった、借地方式による住宅・宅地の供給及び都市の再開発は、昭和30年代にも住宅供給・都市の近代化の手段として重要なものであったし、昭和50年代に特に新しい要請として起こったものではない。新しい借地供給を求める動向は、まずは、「正当事由の明確化」及び正当事由制度の適用のないタイプの借地権として「定期借地権制度の創設」を要請することを第一の目標とした結果、借地方式の住宅供給の二次的手段たる「借地権の担保化」は見送られることとなったのではないだろうか。本稿第1章第1節2(6)でも述べたように、要綱試案公表後の政治経済情勢の変化により、「正当事由の明確化」及び「定期借地権制度の創設」を実現するのが精一杯であったというのが現実ではないだろうか。
第2章 借地権担保の実務と判例
 
 第1節 借地権担保の実務
 
  1.何故借地権担保は利用しにくいのか
 
 第1章第1節でみたように、二度にわたる借地借家法改正作業では、借地権の担保化の構想は見送られ、実務現場では、借地権付建物を担保にとる場合、現在の法の枠組みの中で、借地権を担保にとるための方策がなされ、一方、借地権の担保を巡る判例も集積しつつある。本章においては、第一になぜ借地権の担保化が必要か改めて検証を行い(第1節)、次に借地権の担保を巡る判例の分析を行い(第2節)、最後に、最近普及しつつある定期借地権付住宅について考察を行う(第3節)。
 第1章第2節で見たように、借地権価格は土地価格の40%〜95%にも及ぶようになり、確固たる財産的地位を確立する一方、借地権付建物を担保に入れて融資を受けるという場合に、金融機関は必ずしも借地権付建物に対し、十分に担保価値を認めてこなかった*84。それは、借地権の担保価値を把握できる法的サンクションが十分ではなかったためである。
 昭和30年代の改正作業では、借地権に担保価値を与えるための法的サンクションとして、専ら借地権を物権化する方向での検討が行われた。しかし、主として、地主らの反対が理由で見送られることとなり、建物所有を目的として土地利用を行うのに、地上権と賃借権の二本立てで行われる枠組みに変化は起こらないまま、昭和60年代の改正作業に突入することとなる。また、所有権を担保とする場合と異なり、借地契約の解除による借地権の消滅に伴う担保価値の消滅の危険性が存することに伴う問題もそのまま残されることとなった。
 地上権については、抵当権の目的とすることができ(民法369条2項)、質権や譲渡担保の目的とすることもできる。しかし、本稿冒頭で述べたように、地上権には、登記請求権があり、譲渡・転貸も自由であることから、地主は地上権で借地権を設定することに抵抗を感じ、借地権の設定は、専ら賃借権で行われてきた。賃借権たる借地権の不自由さは、現行法では、抵当権の目的となり得ないこと、譲渡・転貸が不自由であること、登記請求権がないと解されていることなどがあげられる*85
 賃借権を担保にする方法としては、@質権A譲渡担保B仮登記担保C一般の先取特権D工場財団抵当E企業担保法の利用などが考えられる。しかし、いずれの方法も借地権付建物を担保にとる際に一般的に有効に機能するとはいえない。@質権に関しては、賃借権を質権の目的とすることについて、不動産質なのか権利質なのかその性質がはっきりしていない。そももそ、いずれの立場をとるとしても、質権の設定について土地の引渡しを必要とするので、賃借人は土地の使用ができなくなり、担保方法として不適切である*86。Aの譲渡担保に関しては、賃借権の移転が必要であるため、第三者に対抗するために賃借権の登記が必要であり、そもそも譲渡に関し賃貸人の承諾が必要となり、賃貸人の関与が必要なことから、現実的ではない。Bの仮登記担保に関しても、登記が必要であるので、賃貸人の協力を必要とすることから、同じく現実的ではない。Cの一般の先取特権に関しても、一般的な資金調達には使えない。DEについては、企業担保や工場抵当の目的となる場合は限定されている。以上のように、地上権が抵当権の直接の目的となるのに対して、賃借権は、担保の目的としては利用するに難しい。
 従って、金融実務においては、借地権自体を担保にとる方法はとられておらず、借地上建物に抵当権を設定する方法で借地権付建物を担保にとることが行われている*87。この場合、判例、多数説によると、建物に設定された抵当権の効力は、従たる権利である借地権にも及ぶ。住宅建設のための資金調達のための担保設定の場合を考えると、建物の設定された抵当権の効力が借地権にも及ぶなら、借地権の担保のための特別な方策は必要ないとも考えられる。しかし、このような判例・学説の考え方に立つとしても、担保権者にとって、借地権は担保の対象として魅力的であるとはいえないのである。
 本稿冒頭部分(はじめに1問題の所在)と重複するので詳述は控えるがその理由は、以下のようなものである。第一に、前掲の判例が、建物抵当権の効力は原則借地権にも及ぶが、例外が存在する場合があることを示唆しているので、建物よりもむしろ借地権の価格が担保価値として重要な今日、金融機関としては、建物に抵当権を受けてよしとする訳にはいかないこと、及び、この判例の立場では、更地に設定された賃借権を担保
として建物建築資金の融資を受けることができないこと。そもそも、建物価格より借地権の財産的価値が大きいのにもかわらず、借地権を従たる権利とするこの判例の立場は妥当であるかという基本的問題も存すること。また、借地権のどのような範囲まで担保にとれるのか明確でないこと。
 第二に、建物抵当権を実行した場合に、新たに建物の所有権を取得した者が当然に建
物の存立基盤である借地権を取得するという仕組みにはなっていないこと。加えて、借地権譲渡許可の裁判による借地権譲渡については、担保実行に従って、借地権譲渡の借地条件が決まらず、また競落人の申し立てによって行われるので、その裁判が確定するまで、譲渡後の借地条件が決まらず、また競落価格に影響を与える財産上の給付額が確定しないという不安定さがつきまとう。
 第三に、例え、第一、第二に掲げたような問題がクリアーできたとしても、借地権がいくら価値の高い権利であったとしても、地代不払い等により契約解除されれば、権利が消滅してしまう危険性があること等があげられよう。この第三の問題点は、賃借権たる借地権固有の問題ではなく、地上権たる借地権にも共通する問題である。借地権の消長に対する懸念を取り払う方策として、水本は、損害保険制度を導入することを提唱されたが*88、保険会社にはこの提案は受け入れられなかったようである。
 
  2.建物に抵当権を設定する方法の問題点
  (1)主物・従物理論
 既述のように、金融実務にあっては、借地上の建物を担保に徴求する場合は、借地権付の建物として評価を行った上、建物のみに抵当権の設定を行い、登記をする*89。借地権自体を担保にはとらず、建物に抵当権の設定を受けるだけで、建物抵当権の効力が、借地権にも及び、さらには、その抵当権の対抗力は借地権にも及ぶ*90とされているためである。主に建物と借地権の関係を主物・従物とみなし、借地権は、建物の自従物であるので、抵当権の効力は及ぶとか、借地権は建物の経済的効用を維持するためのものであり、両者が合体して財産的価値を形成するとかいう理由付けがなされている。
 建物抵当権の効力がその存立基盤たる借地権に及ぶためには、借地権者と建物の所有者が同一でなくてはならない*91。なぜなら、建物と借地権の関係を主物・従物と見立てて建物抵当権の効力を借地権に及ぼすためには、物の所有者がその主物の常用に供するために自己所有の他の従物が主物に属しているという場所的関係を形成する必要があるからである*92
 
  (2)抵当権の対抗力の及ぶ範囲
 建物抵当権の効力を借地権に及ぼす形で、借地権を担保をとしてとるという方法の問題点の一つに抵当権の対抗力の及ぶ場所的範囲の問題が存在する。最判昭和40年5月4日民集19巻4号811頁は、建物抵当権の効力が及ぶ借地権の範囲に関して、建物の存立に必要な範囲としているから、借地権が数筆に及ぶ場合や広大な一筆の借地の一部に建物が存立するような場合に抵当権の効力がどこまで及ぶかが問題となる。数筆の借地があり、そのうちの一筆のみに建物が存在し、かつその建物の存立のためには一筆の敷地部分で足りるというような場合には、競落人が承継するのはその一筆の土地のみであることになろう。広大な一筆の土地の一部に建物が存在する場合は、競落人はその建物の存立に必要な範囲で借地権を取得することになる。
 典型的な対抗問題として、抵当権の効力の及ぶ借地権が第三者に譲渡された場合が考えられる。判例が承認した対抗力は、抵当権設定後の借地権譲受人に対するものであり、建物競落人が取得した借地権を地主が承諾した場合は、借地権の譲受人は、地主との関係においても、賃借人としての地位を失うこととなる*93。しかし、建物抵当権の効力が当然に譲渡された借地権に及ぶということではない。地主が建物競落人に対する借地権の譲渡を認めず、借地権の譲受人に対する承諾を与えることも可能であり、このような場合、抵当権は、結果的に借地権の譲受人に対抗できないのと同じである*94
 
  (3)登記された賃借権にも建物抵当権の効力は及ぶか
 近時普及しつつある定期借地権付住宅の場合は、地主も賃借権登記に協力的である。地主が、賃借権登記に協力する目的は主として、借地権が期間満了とともに確定的に終了することを公示することにより、土地の返還に伴うトラブルを防ぐことにあると思われる。では、土地に賃借権登記が為されている場合にでも、建物抵当権の効力は借地権にも及ぶのであろうか。
 例えば、建物に抵当権だけを設定し、後日別の債権者が、土地賃借権に質権等の担保権を設定した場合はどうであろうか。つまり、建物抵当権を実行した場合、建物競落人は、賃借権の取得を土地賃借権の担保権者に対抗できるのであろうか。否定説は、判例理論を土地賃借権が登記されている場合にまで適用すべきではないとし*95、否定説は、建物抵当権との順番の優劣に関わらず、土地賃借権の担保権が優先するとする。登記簿の公示を信じて取引した者を保護する趣旨であろう。肯定説は、判例理論は土地賃借権の登記・未登記に関係なく適用されるとする*96。実務上は、そもそも登記された賃借権が少なく、また、賃借権に質権を設定する場合に、その性質が定かでないために利用しにくいものとなっているため、建物抵当権と土地賃借権の担保権の優劣が問題となった判例は現在のところ見あたらない。肯定説・否定説の出現の背景には、判例理論による担保価値の把握の限界にあることはいうまでもない。
 
  (4)建物抵当権実行上の問題
 借地権付建物の競売によって、建物買受人が取得した借地権については、譲渡可能特約がない限り借地権の譲渡を地主には対抗できない。地主の承諾が得られない場合は、借地権の譲受人は、売却代金納付後、2ヶ月以内に借地権譲受について、地主の承諾に代わる許可を借地非訟事件手続きに従って申し立てを行う。しかし、裁判所が必ず許可を与えるとは限らないし、譲渡を認める場合でも、借地権価格の10%とか、更地価格の0.12%にあたる譲渡承諾料を支払うように命ずるのが一般的である*97。また、二ヶ月を過ぎてしまったり、不許可となった場合は、建物買受人は、地主に土地を返還しなければならないが、借地借家法14条により、建物買取請求権の行使は可能である。ただし、建物の買取価格には、借地権価格は含まれず、場所的利益のみが考慮される*98
このように、建物抵当権が実行された場合の建物買受人の地位は極めて不安定であることが、建物抵当権の効力を借地権に及ぼす形で担保にとる方法の問題点となっている。また、借地権付建物の競売価格が必ずしも借地権価格を反映していないことも、借地権付建物の担保評価が低い理由となっている*99
 
  (5)担保たる借地権の保全の困難性について
 借地権を担保の対象とすることの問題点として、保全の困難性が以下の二点において
指摘されている。第一に、判例理論によって、建物抵当権の効力は、従たる権利としての借地権に及ぶこととなっているが、借地権が独自に抵当権の対象とならないために、建物が滅失・毀損すれば、抵当権も滅失・毀損することとなる。建物の滅失・毀損なら、建物抵当権は、建物の火災保険金に物上代位することもできるし、あらかじめ、保険会社の承諾を得て、火災保険金請求権に質権設定することも可能である*100。建物が滅失しても、建物の担保価値の把握には支障をきたさないが、土地賃借権に抵当権の設定を行うことができない以上、建物が滅失すれば、抵当権の効力は借地権に及ばなくなり、担保は消滅してしまう。「建物なき借地権」の価値把握をする方法がないのが現状なのである。これは、借地権譲渡の許可の裁判についても同様の指摘があり、建物がなくなれば、借地非訟事件手続きにより借地権の譲渡について許可を得る道はなくなる(借地借家法19条)。
 第二に、借地人の債務不履行等によって、借地権が消滅してしまうことである。借地権自体は、借地権の無断譲渡・転貸、無断増改築禁止特約違反、債務不履行、賃借人の破産等による解除・解約、賃借権の放棄・合意解除・正当事由による期間満了時の更新拒絶・建物の朽廃等により消滅する可能性は常に持っている。判例は、担保権の設定をした者は、担保の目的物である借地権の放棄、合意解除を担保権者に対抗できないとしている*101。また、正当事由をもって地主が更新拒絶を行う場合や、建物の朽廃により借地権が消滅する場合は、担保設定時に担保権者が借地契約の残存期間や建物の現況を調べる等の方法で予測することが可能である。問題は賃料不払い等によって借地契約が解除され、借地権が消滅してしまうことに対する対処方法がないことである。
 近時、賃貸借契約の解除については、判例は信頼関係違反・背信行為でない限り解除できないという理論を確立し、地主側からの解除権の行使に一定の歯止めをかけているというものの、契約解除による担保対象物件の消滅の危険性は常に存在する。民事執行法は、代払いの制度(民事執行法56条)を認めているが、債権者としては、地代などを延滞しているという事実を知らなければ代払制度を利用する機会がなくなってしまう。また、担保権の実行前であっても、場合により、抵当権者において賃料を賃借人に代わって支払うための機会を確保しておくため、借地人の債務不履行の事実を予め把握し、代払いの機会を得ることが肝要となるのである。しかし、判例は、地代不払いを理由に契約解除をしようとしている地主に、賃借人に対する催告のほか、担保権利者に対する地代支払いの催告をなすべきことを求めるのは相当でないとし、地主には、催告義務は発生しないとしている*102。また、一般に、土地賃借人の債務不履行による解除については、転借人等は土地賃貸人に対して対抗することはできないし、その場合に転借人等に対する催告は要しないとする*103
 
  (6)地主の承諾書徴求の意義
(1)から(5)で述べたように、借地権を担保とするには様々な問題点が存在する。実務では、これらの問題に対処するために、本稿の冒頭部分(はじめに 1問題の所在)で述べたように、地主から抵当権者宛に承諾書を徴求することとしている。借地人が借地権に担保を設定する必要がある場合としては、@当初借地権を取得し、建物を建てる際に融資を受ける場合A住宅ローンは終了したが、借地権担保に融資を受ける場合B借地契約期間中に、建物が滅失し建物を再築する必要がある場合等が考えられる。
 金融機関が以上のような場合に借地権付建物を担保として融資をする際には、地主から金融機関宛の承諾書を徴求する。この承諾書には通常、@賃貸借関係が当事者間で争いなく存在することA抵当権実行により、建物を取得した者へ土地を継続的に賃貸することについてのあらかじめの承諾B借地人の債務不履行により賃貸借契約を解除する場合に事前に担保権者たる金融機関に通知すること、以上の内容が記載されている。
 金融機関は、@〜Bのような内容記載のある地主の承諾書を提供しないと、借地権付建物を担保に融資は行わないのだろうか。この点について金融法務事情1439号(1996年1月5日号)10頁以下に掲載された《都市銀行法務部室長匿名座談会2顧客志向の金融法務とは何か》「二顧客志向の具体例8借地権担保における地主の承諾書」において、匿名の都市銀行法務部室長らは、借地上建物に融資をする際には地主の承諾書をとれない場合は、審査部・法務部の承認を要するとし、稟議書で決裁がとれなければ担保として認めない、支店長権限の融資対象としてはならない、とれない場合は担保評価をおとす等の実務の取り扱いについて説明しており、都市銀行では似通った取り扱いがされていることが明らかになった。また、いくら現在の地主から承諾書を徴求しても、所有権が移転し、地主が変われば承諾書に記載された内容は、当然に新地主が引き継ぐものではない*104
 地主の承諾書に通常記載されている以上の三つの内容のうち、Aについては、賃貸借契約は当事者間の信頼関係を前提とするものであるから、譲受人が誰かを特定できない状態での承諾の効力に疑問を呈する見解がある。この点については、そもそも、賃借権に包括的に譲渡性を与えることすら特約において自由にできるのであるから、Aのような事前の承諾も有効なものと解するべきであるという見解も根強い*105。また、この承諾書が借地権者ではなく、担保権者宛になっていることから、将来における包括的譲渡を認めることに否定的な見解は、建物の競落人に当然に借地権が承継され、地主の解約権が失われるものではなく、承諾書があるからといって競売価格に影響を生ずるものではないとし、任意売却の場合でも、建物の買主は、当然に地主に対し借地権取得を対抗できるものではないとする*106。任意処分による場合にのみ、債権的効果があり、役に立つとする見解も存在する*107
 それでは、この承諾書に記載された特約は、地主をどの程度法的に拘束するものなのであろうか。承諾書に記載されている三つの内容のうち、B地主の賃貸借契約解除の際の通知義務契約の有効性を巡る裁判例が、最近いくつか出現したので、次節において検討する。
 
 第2節 地主の通知義務契約を巡る判例の立場
 
  1.判例の概観
 
 近時、承諾書に記載された地主の借地契約解除の際の事前通知義務契約の効力を巡る裁判例が相次いで出現するにいたっている。承諾書の通知義務を巡る判例としては、判例集に掲載されたものとして、以下の六つの事件がある。@事件=東京地裁平成5年8月27日判決東京高裁A事件=平成6年8月30日判例時報1525号67頁(@事件の控訴審 )B事件=東京地裁平成7年8月25日金融法務事情1455号53頁C事件=大阪地裁平成7年10月5日判例タイムズ922号232頁D事件=東京地裁平成9年11月28日判例時報1637号57頁E事件=東京地裁平成10年8月26日金融法務事情1547号56頁。
 @事件A事件は、地主の通知義務違反による損害賠償請求が問題となった判例で、ある。原告は抵当権者である信用金庫で、被告は地主である。@事件では、通知義務契約に要素の錯誤があったとして、抵当権者の請求を認めなかった。A事件では、債務不履行責任も、不法行為責任も、消滅時効にかかっているとして抵当権者の請求を認めなかった。
 B事件では、賃料不払いをおこして借地契約を解除された借地人を被告として、地主が原告となって建物収去・土地明渡訴訟を起こした。争点は、地主が借地上建物の抵当権者(補助参加人)に対する通知義務を怠った契約解除がその抵当権者に対抗できるかどうかというものであったが、判決は、通知義務は法的義務ではなく、借地契約の解除は有効であるとした。
 C事件では、賃料不払いをおこして契約を解除された借地人及びその建物の譲渡担保権者を被告として、地主が原告となって建物収去・土地明渡、及び未払賃料・賃料相当損害金の支払いを求めた。争点は、事前に建物抵当権者に対して通知をすることなくされた借地契約の解除の有効性と、譲渡担保権が設定された場合の本件建物の収去義務者の二点であったが、判決は、通知義務違反は契約解除の効果に影響を与えず、建物の収去義務者は、譲渡担保権者であるとした。ただし、地主の抵当権者に対する損害賠償責任の発生する余地はあるとした。
 D事件では、地主が原告となって、競売により借地上建物を取得した建物所有者を被告として、借地契約は、地代不払いにより解除されていることを理由に建物収去・土地明渡等を求めた事案である。本件においては、地主の抵当権者に対する賃料不払いの通知義務違による借地契約解除の有効性が争点となった。判決は、抵当権者が損害賠償請求を認めうる余地はあるものの、通知義務違反が解除権の行使・発生に影響を与えるものではないとした。
 E事件では、抵当権者が原告となり、新地主を被告として、借地権者が借地権を有することの確認を求めた。争点は、地主から地位を承継した土地所有者が旧地主からの通知義務等を承継するかという点と、新地主が承継した通知義務違反が、借地契約の解除の無効原因となるかという点の二点であり、判決は、新地主が義務を承継することを認め、新地主による借地契約の解除は権利乱用にあたり無効であるとした。
 
  2.通知義務違反を巡る判例の争点
 
 このうち、@事件A事件においては、地主が抵当権者に通知をしないで、借地契約を解除したことによって、抵当権者に与えたことに対する損害賠償請求事件であり、借地契約解除を前提として、債務不履行責任あるいは不法行為責任が問われている。@事件A事件では、借地契約解除の有効性自体は争われていない。これに対し、B事件、C事件、D事件、E事件では、地主の通知義務違反が、借地契約の解除の有効性に影響を及ぼすかどうかが争点となった。B事件、C事件、及びD事件では、地主が借地人や借地上建物の競落人に対し借地契約が解除されていることを理由として、建物収去・土地明渡しを求めている。E事件の場合は、抵当権者が借地人に借地権があることの確認を求めた事例で、B事件C事件D事件とは様相が異なる。
 これら6判例を概観するに、地主の借地契約解除の際の抵当権者への通知義務違反が、借地契約解除の無効原因となることを結論付けた判例はない。E事件においては、裁判所は、地主は、抵当権者を害する意図をもって新地主に土地所有権を移転し借地契約を解除したとし、新地主は抵当権者に対する通知義務を承継するとして、本件においては、借地契約の解除は権利の乱用にあたり無効であるとしたが、通知義務違反が直に契約解除を無効とするものではないとした。抵当権者への通知を行わないことが、契約解除の効力を妨げるものではないとする根拠は乏しく、判例の流れは妥当であると考える。
 次に、通知義務違反に基づく損害賠償請求が可能かどうかということが直接の争点となったのは、@事件A事件判例のみである。@事件においては、通知義務契約に要素の錯誤があったとして、契約が無効であるとし、損害賠償請求を認めなかった。A事件においては、要素の錯誤を認めず、通知義務契約そのものは成立しているが、商事消滅時効が成立しているとして損害賠償請求は認めなかった*108。B事件では通知義務は法的義務ではないとしたのに対して、C事件D事件では、通知義務違反に対して損害賠償請求を認める余地はあるとした。
 どのような場合に、通知義務が法的なレベルまで高められるのであろうか。A事件においては、@事件において、地主が通知義務に違反した場合の法的効果を認識していなかったことを一つの理由として、要素の錯誤により契約無効としたのであるが、A事件では、契約意思の成立に違反したときの効果の認識まで必要はないとし、契約無効は認めず、消滅時効の援用により損害賠償請求を退けた。一般に、契約の成立に契約違反の効果を全面的に認識している必要はなかろう。しかし、@事件A事件の地主は、借地契約解除に際の抵当権者への通知義務を盛り込んだ承諾書に署名・捺印をしたのははじめてであったこと等の事情を考慮して@事件においては、要素の錯誤による契約無効が認められたのであろう。A事件においては、契約書の署名・捺印の効力が要素の錯誤により否定されるようなことがあると、契約の成立一般の問題として大きな影響がでることに配慮し、損害賠償請求権の消滅時効を認めたのであろう。商人ではない信用金庫と個人地主間の契約に商事消滅時効の適用を認めるなど苦しい法理が用いられている。借地上建物を担保にする場合、一般に地主の承諾書が必要であるという認識はあるるものの、その承諾書の内容についての認識までは広がっているとはいいがたい。また、承諾書は、金融機関宛になっているとはいえ、金融機関が直接地主から徴求するのではなく、借地人に対し、融資の際の必要書類として提示し、借地人が地主の署名・捺印を得る形で徴求されるのが通常であろう。契約そのものが、地主が金融機関に一方的に差し入れる形でなされていること、契約の当事者が直接に内容及びその効果を確認する機会のない契約であることを考慮すると、契約の拘束性は極めて低いといわざるを得ない。したがって、これら@〜E事件の判決はそれなりに現実的妥当性を配慮したものであるといえるのではないだろうか。
 
 第3節 定期借地権の担保化の要請
 
  1.定期借地権付住宅の普及
 
 現行借地借家法が施行されて8年の年月が経過した。第1章第1節で述べたように、
平成3年の借地借家法改正時の主な柱は、正当事由の明確化と、正当事由制度の適用のない定期借地権と期限付借家の導入であった。定期借地権付住宅は、除除に普及し、財団法人都市農地活用支援センターが平成9年1月から3月にかけて、定期借地権付住宅の供給実績があったとおもわれる事業者232社(回答230社)を対象に実施した調査結果によると*109、平成5年時には260戸であった定期借地権付住宅の供給実績は、平成8年には4406戸となり合計で10330戸と飛躍的に普及しつつある。そのうち、定期借地権付マンションは、3225戸であり、価格が手ごろであるためか、大都市周辺部を中心によくみられるようになった。特に最近注目を集めているのが「つくば方式」と呼ばれる借地借家法23条の建物譲渡特約付借地権を利用した定期借地権付住宅供給方式である。この方式は、22条の一般定期借地権のように期間満了後の建物取り壊しを強制されないというメリットがある*110
 地方自治体等の公的機関も定期借地権付住宅への積極的取組を開始し、兵庫県尼崎市は、定期借地権により150戸の公営住宅を建設し、平成9年に募集を開始した。また、住宅都市整備公団(現在名称を変更して都市基盤整備公団となった)、大阪府住宅供給公社、兵庫県住宅供給公社等もそれぞれに定期借地権を利用した住宅供給に取り組んでいる*111
 
  2.定期借地権の登記
 
 定期借地権付住宅の場合は、賃借権ではなく、地上権方式で分譲される割合が高い。特に、定期借地権付マンションの場合は、3割が地上権方式であるといわれている*112。地上権方式の場合は、譲渡・転貸は可能で、もちろん抵当権の対象とすることができる。
期限が定められた権利であるために、その内容を明確にして、権利としての流通性を高め、担保価値も持たせるほうが、市場ニーズに適合しているということであろう。
 また、地上権方式の場合はもちろんのこと、賃借権方式の場合も、登記する割合が極めて高く、従来型の借地権とは様相を異にしている。何故、賃借権の登記をするのか。第1章で考察したように、賃借権には登記請求権がないため、地主が登記に協力しないと登記をすることはできないが、定期借地権の場合は、地主にとっても登記に協力するするメリットがあるといえる。建物登記によって借地権は対抗力を付与される(借地借家法10条1項)が、対抗できる借地権の内容は建物登記では知ることができない*113。登記簿を見て、建物所有者と土地所有者が異なる場合、借地権の存在が推定できるのであるが、現行借地借家法施行以前は、借地権の種類は、一時使用目的の借地権(旧借地法9条)の他は普通借地権の一種類しか存在しなかったので(旧借地法2条)、通常は、借地権の種類について混乱を生ずる危険性はなかった。しかし、現行借地借家法が施行されてからは、借地権の種類が、旧借地法下のもの、現行借地借家法による普通借地権(借地借家法2条)、3種類の定期借地権に、一時使用目的の借地権(借地借家法25条)をあわせると合計6種類の定期借地権が存在することとなり、極めて複雑である。特に、現行借地借家法が施行されてから、新規の借地契約のほとんどが定期借地権によるとされ、存続期間が限定されていることから、それを公示するために登記の必要性が生ずるのである。実務において借地権を担保にとるなど借地権に関する問題に直面する場合、その借地権がどのような借地権であるかが、問題とされるのである*114。金融機関サイドからすれば、土地と建物の所有者の名義が異なる場合に、敷地利用権原調査の必要性が増すことになる*115。定期借地権の効力要件を登記とするという考え方もあったが、改正要綱試案の段階で見送られたという経過がある。
 定期借地権であることを対抗するために登記を必要とするかどうか、つまり、確定的に終了する借地権であることを対抗するために登記が必要かどうかという点については、否定点な見解が存在する*116。地主は、対抗力を得るためというよりは、借地契約が定期借地権であることを公示し、期間終了時のトラブルを防ぎ、確定的に契約を終了させるために賃借権登記に協力しているというのが現状であろう。
 定期借地権の登記は、どのようにしてなされるのか。一般定期借地権(借地借家法22条)及び事業用借地権(借地借家法24条)の場合は、土地登記簿に賃借権の登記を行い、22条の場合は、「22条の特約」を登記し、24条の場合は目的自体を「借地借家法24条の建物所有」と登記する*117。これに対し、建物譲渡特約付借地権の場合は、
建物に建物譲渡特約上の権利についての仮登記をしておくことによって対抗できるものと解され*118、土地登記簿自体に定期借地権である旨を公示する方法はない。
 このように、定期借地権制度の導入は、借地権の性質そのものに変貌をもたらし*119、従来では考えられなかった賃借権の登記を増加させた。登記請求権がなくても、登記の要請がある定期借地権は、短期間しか存在しない権利であるために、ある意味での「物権化」が可能であるといえるのではないだろうか。定借マンションが積極的に地上権方式で分譲され、物権として受け入れられている。加えて、賃借権方式でも譲渡・転貸特約付で登記をしているものも多々みられる。定期借地権のある意味での「物権化」現象が端的に表れているといえるのではないだろうか。
 
  3.定期借地権と担保
 
 それでは、定期借地権付住宅を購入する場合、金融機関は、定期借地権付住宅をどのように担保評価するのであろうか。定期借地権付住宅の場合は、建物の存立基盤である借地権が定期借地権であるため、普通借地権よりも担保評価が低くなって当然であろう*120。定期借地権付一戸建住宅及び定期借地権付マンションにおいては、近時融資システムが整うようになってきており、規制緩和推進計画においては、定期借地権を推進させる必要性から、定期借地権付の住宅に対する融資が推奨され、住宅金融公庫はすでに実施し、措置済みとされている。
 ニッセイ基礎研究所都市開発部『定期借地権付住宅に関する調査報告書』(1994)によると、定期借地権付住宅への金融機関の融資としては、@建物融資については、住宅金融公庫がA保証金融資については、一部の民間機関(三和銀行)が柔軟に取り組んでいる。@り建物融資は、公庫の審査基準に合致した建物に対して、第1順位の抵当権を設定することにより行う。Aの保証金融資としては、ア三和銀行は、借地人が地主に保証金を預け、地主は底地に抵当権を設定することにより、借地人は抵当権付保証金返還請求権を取得し、金融機関は、その返還請求権に質権を設定することで債権保全を図りながら、保証金に対する融資を実行することが可能となる方式をとっている。イ定期借地権を地上権として登記し、抵当権を設定する方式は住宅金融公庫がとっている方式である。ウその他、地主が保証金を銀行に預金し、それに質権を設定して融資を行うというという方法も考えられる。
 実際に三和銀行がとっている融資のスキームは、底地への抵当権付保証金返還請求権に質権を設定し、建物について公庫融資がついていることを条件として行われている。融資限度額総額1500万円かつ建物保証金合計額の80%までで、提携先としては、積水ハウス、殖産住宅等がある。提携先なしで、個人が融資を申し込むような場合は、取り扱わないようである。
 ア方式の問題点は、地主の底地へ抵当権を設定しなければならないことがネックとなっている。イ方式の場合は、当初、地上権に対する地主の抵抗感が予想されたが、定借マンション等で活用されているようである。ウ方式は、地主が自由に保証金を運用できないというディメリットがあり、現実にはあまり使われていない。単に保証金返還請求権に質権を設定するという方式で、融資を行う場合もあるようであるが、その場合、実際の融資は、保証金の2割程度となっている。
  その他、保険制度の活用による融資も始まっている。日本定借センターと、東日本銀行は、平成4年に定期借地権付住宅普及のための保証金融資制度として、一時払い終身保険制度、団体信用保険方式の活用による融資制度を開発した*121
 このように、定期借地権制度により、低コストで住宅を取得できる途が開けたため、定期借地権付住宅を担保として資金調達を可能とする方策が検討されたのである。むしろ、定期借地権制度の導入が、近時借地権の担保化の要請を高めたといえるのではないか。 
第3章 借地権の担保化に向けて克服すべき課題と立法論、そして残された課題
 
 本章では、第1章で考察した過去の二回の借地借家法改正経過において提示された立法論から、第2章において考察した、借地権の担保を巡る実務上の諸問題をふまえて、現代におけるあるべき借地権の担保化論を展開したい。そのために、まず、第1節において、第2章で問題とした地主の承諾書徴求慣行の当否を問題とし、実務上の立法への要請を明確にする。そして、第2節では、第1章で考察した過去の借地権の担保化構想、特に平成元年の要綱試案で示された案を基礎として立法論を論じたい。最後に、第3節において、立法が実現したとして、どのような課題が残されるか、検討したい。
 
 第1節  地主の承諾書徴求慣行の問題点
 
  1.借地権が存在することの確認について
 
 第2章で述べたように、借地上建物を担保として融資を受ける場合、通常地主の承諾書が徴求される。承諾書には、借地上建物の抵当権の効力が借地権にも及ぶため、借地権を担保として確実なものとするため、@借地権が存在することの確認A抵当権が実行された場合の借地権の譲渡についてのあらかじめの承諾B賃料不払い等借地契約の解除原因が発生した場合の抵当権者への通知義務が記載されている。しかし、このような承諾書の徴求は、金融実務上、必要不可欠なものであろうか。
 まず、借地権が存在しないことには、いくら建物を抵当権の対象としても、借地権付建物を担保にとったことにはならないこと当然である。そのために、融資者は、借地権が存在することを確認する必要があるが、そのために、地主の承諾書を徴求する必要はないといえる。借地権の存在の確認ならば、借地契約書の確認、地代振り込みの控えの確認などで十分に可能であるし、書面の承諾という形をとらなくても、融資者が自ら登記簿上の所有者に電話で確認する等の方法をとることは可能で、融資審査の一環として、行うことは可能なのではないだろうか。したがって、借地権が存在することの確認のために、地主の承諾書を徴求する必要はない。承諾書徴求の意義のうち@については、代替措置によることが可能である。
 
  2.抵当権が実行された場合の借地権の譲渡についての予めの承諾
 
 地主の承諾書を徴求する意義の二つ目は建物抵当権が実行された場合に、建物競落人に対する借地権の譲渡を予め承諾することである。このような条項が承諾書に記載されている場合、この条項には、法的拘束力があるのだろうか。問題点は二つあると考える。
第一に、この承諾書が、借地人ではなく、抵当権者宛になっていることである。借地契約には、譲渡・転貸を認める特約がなされることがあるが、この場合は、あくまで、地主と借地人の借地契約の中で定められる。建物が競落された場合に建物競落人に借地権の譲渡について承諾を与えるという条項も、本来借地契約の中で定められるべきものではないだろうか。
 第1章で述べたように、昭和41年改正により、借地法9条3、9条の4が創設され(現行借地借家法20条)、第三者が賃借権の目的である土地の上の建物を競売または勾配により取得した場合において、その第三者が土地の賃借権を取得しても、借地権設定者に不利となるおそれがないにもかかわらず、地主が土地の賃借権の譲渡を承諾しないときは、裁判所は、その第三者の申し立てにより、地主の承諾に代わる許可を与えることができること等が規定された。
 地主が借地権の譲渡を承諾しない場合は、第19条により代諾許可の裁判を得る途が開かれているが、前述のように、借地契約に譲渡・転貸特約がついている場合は、借地人は、借地権を自由に譲渡・転貸することができる。このこととパラレルに考えると、借地契約に建物競落人への借地権の譲渡について承諾する旨が記載されていれば、建物競落人は、代諾許可の裁判を経ることなくして、借地権を譲り受けることができるものと考えられる。しかし、現実には、地主にとっては、誰が借地人であるかは非常に重要な問題であるので、一般に借地契約に譲渡・転貸特約がついていることも希であれば、建物競落人に予め借地権の譲渡を認める等という条項を挿入することは皆無である。
 地主が抵当権者に差し出した承諾書に建物競落人へ借地権を譲渡することが記載されていることが、拘束力を持つかどうかという点については極めて懐疑的にならざるを得ない。承諾を得るべき者は建物競落人であって抵当権者ではない。建物競落人に借地権を譲渡するのは借地人であって抵当権者ではないのである。借地契約自体に条項が入っているならともかく、抵当権者宛の承諾書に予め建物競落人に借地権を譲渡することの承諾条項が入っていても、心理的にはともかく、法的拘束力はないのではないと考えるのが妥当であろう。
 したがって、建物競落人が確実に借地権の譲渡を受けることとする目的のために、この条項を地主の承諾書に挿入するとする考え方自体に問題があるのではないだろうか。つまり、このような条項に期待される効果を得るためには、借地契約に条項を追加する必要があり、地主から抵当権者宛の承諾条項では、意味がないのではないか。
 もっとも、建物競落人以外の者に地主が借地権を譲渡するメリットは考えにくいこと、競売手続による場合は、地主に故意に打撃を与える目的で借地権を譲り受けるようなケースが想定しにくいこと等の理由により、建物競落人に借地権を譲渡することが地主に不測の損害を与えるとは考えにくく、地主が承諾しないことの実質的利益はないと考えられる。しかし、代諾許可の裁判によった場合は、譲渡承諾料にあたる財産上の給付を得る可能性があるのに対し、借地契約で予め承諾を与えておくと、譲渡承諾料を得る機会がなくなることとなる。言い換えれば、建物競落人に借地権を譲渡することを承諾する条項を借地契約に入れる場合は、それなりの包括承諾料のような金銭的給付が求められることとなるのではないか。
 営業用の借家の権利金は高額である。それは、譲渡・転貸の承諾をすることへの予めの承諾の意味合いもあるが場合ある。同様に、借地権付建物を担保に入れる場合に、地主に対し建物競落人に借地権を譲渡することを予め承諾することを求めようとするならば、対価を伴うのが当然ではないか。
 結局、地主の承諾書に記載された予め建物競落人へ借地権を譲渡することの承諾条項は、宛名が抵当権者であるためにその効力に疑問があること、そして、もし、地主に建物競落人に対する予めの借地権の譲渡を承諾させるなら、それなりの承諾料が必要となることを考慮すると、承諾書に記載された条項はあまり意義がないといえる。
 なお、旧借地法9条の2(現行借地借家法19条)の拡張解釈により、借地上建物の抵当権設定時に将来の建物競落人に対して地主の承諾に代わる裁判を得させる途を開くという見解があるが*122、旧借地法9条の2(現行借地借家法19条)の実務においては、その第三者に賃借権を譲り受けても地主に不利となる虞がない具体的事実家関係を第三者の職業・視力その他の事情を記載するこさによって明らかにしなければならないとされており*123、譲受人が特定されていない段階での申立は制度的に不可能であり、拡張解釈は不可能なのではないだろうか。
 
  3.借地契約解除の際の抵当権者への通知義務について
 
 B借地人の賃料不払い等債務不履行による借地契約解除の際の抵当権者への地主の通知義務に関しては、第2章第2節において通知義務違反を巡る判例を考察した。裁判例においては、まず、通知義務違反そのものが、借地契約の解除の効力に影響を及ぼすものではないとされたが、いくつかの裁判例では、通知義務違反が抵当権者への損害賠償義務を発生させる余地があるとされた。つまり、いったん承諾書を徴求されれば、地主は、借地契約解除の際に抵当権者への通知をしなければ、予期せぬ損害賠償債務を負う危険性があるのである。
 問題は、地主がこのような通知義務を負うこととされるならば、地主は、対価の授受なしに承諾書の徴求に応ずるかどうかという点にある。第2章第2節で考察した裁判例のうち、@事件A事件においても、好意で差し出したとされる承諾書の効力が問われている。また、抵当権者への通知は手間も費用も要する。損害賠償義務の存否が争点となった@事件A事件のような裁判例が知れることとなると、地主は、ますます対価なしに承諾書を徴求するようなことはしなくなるであろう。そのことは、間接的に、借地権を担保に供する途を狭めることになってしまう。
 地主の通知義務は、抵当権者に代払いの機会を与え、借地権の消滅を未然に防ぐために定められる。しかし、借地権の消滅は、地主の通知によらなければ防ぐことはできないのであろうか。口座開設が可能な金融機関であれば、借地人に口座を開設させて(通常ローン返済のための口座が開設されていることが多い)振込指定制度をとれば、賃料の支払い状況も把握可能である*124。このような簡易な方法があるのにもかかわらず、あえて地主に通知義務を課す形で借地権を保全しようとするのはいかがなものであろうか。
 
  4.阪神大震災によって露呈された地主の承諾書徴求慣行の弊害
 
 1から3において、考察したように、地主の承諾書における条項は、法的効果が必ずしも明確でなく、また、代替措置をとることが可能であるものばかりで、結果的に承諾書徴求の慣行自体が借地権担保の途を閉ざしている感があるのは否めない。地主の承諾書徴求の慣行の弊害は、阪神大震災時に明らかになった。
 阪神大震災時直後から、弁護士会・司法書士会等が法律相談活動を行った結果、一番相談が多かったのは、借地借家問題に関する相談であり(53.2%)、借地に関する相談としては、建物再築にまつわる相談が一番多かった(借地関連のうち44%)*125
借地上建物の再築に際して問題となったのは、借地契約における無断増改築禁止特約の存在及び金融機関から融資を受ける際の地主の承諾書徴求の慣行である*126。被災地においては、地主とのコンタクトをとることさえ困難な状況が続いたので、建物再築に関するこれらのような制約は、借地権の住宅再建を阻む大きな要因となる。
 住宅金融公庫は、阪神大震災時の借地人に対する融資の際には、本稿で述べたような内容の承諾書を徴求することに代えて、特例措置として、賃貸契約書の写しの提出等によることを認めた。しかし、神戸弁護士会は、この特例措置によっても、住宅再建に取り組む被災借地人の建物再築権が阻害されているとして、住宅金融公庫に対して要望書を提出した。要望の内容は、特例措置で定められている「地主の間にトラブルが存在しないことの申出書」の提出等の措置が、事実上地主の承諾を得ることを求めていることのと同様の負担を借地人に強いていることを適当でないとし、改善を求めるというものであった*127。要望書は、借地権の存否には必ずしも賃貸契約書原本は必要でないこと、代諾許可裁判制度があるので、債権回収が不可能になることはないこと等の理由を挙げて、地主の承諾を前提とする住宅金融公庫の融資姿勢を批判している。
 このように、地主の承諾書徴求の慣行は、借地権付住宅を取得する際のみならず、借地上建物の再築の際にも問題を生じさせている。
 
 5.承諾書徴求の慣行廃止に向けて
 
 「顧客志向の金融法務とは何か」と題する金融法務事情1439号10頁以下に掲載された都市銀行法務部室長匿名座談会において、承諾書徴求の慣行について議論がなされているが、この慣行見直しについて直接的提言はなかった。しかし、住宅金融公庫が、災害時に特例措置で対応したように、地主の承諾書の徴求は、融資の必要的条件とは考えにくい。本節で考察したように、地主の承諾書の徴求の慣行が借地権を担保の阻害要因となっていることは明白で、この悪慣行の見直しが求められるゆえんである。
 前述のように、借地権消滅による担保消滅の危険性は、現時点では、振込指定制度による対応が可能であろう。しかし、必ずしも、振込指定制度がとれない場合もあり、地主の通知義務を法制化することの検討が必要であろう。建物競落人へ確実に借地権を移転するために承諾書において事前承諾の条項が入れられるのであろうが、最終的には、民法612条による制約を借地権の場合にはずすこのと是非が立法論として検討されなければ、建物競落人への借地権譲渡をスムーズに行うことはできないのではないだろうか。
 
 第2節 借地権の担保化に向けての立法論
 
  1. 立法論展開への総合点視点
 
 既述のように、過去二回の借地借家法改正時において、借地権の担保化の構想は見送られた(第1章第1節)。借地権価格の発生が借地権の担保化の要請を高めたため(第1章第2節)、借地権を担保することのの不自由さ故に、昭和41年改正時には、借地権の担保化は物権化論の一環として論じられ、平成3年改正時には、物権化という極端な権利の強化という方向性ではなく、借地権付住宅の普及による住宅産業の発展に必要な限度での借地権の担保化論が論じられた(第1章第3節)。
 それでは、平成3年の改正時以降、借地権の担保化を必要とする社会経済的背景が生じたといえるのだろうか。借地権自体を担保にとることができないこと、そして借地権の消長に対する懸念のために、金融実務では、借地権付建物を担保として融資をする場合に、地主から金融機関宛の承諾書を徴求する慣行がある(第2章第1節)。この承諾書の法的拘束力は必ずしも明らかではないにも関わらず、借地権付建物を担保とする際には、承諾書の徴求が条件とされ、もし、徴求が不可能であれば、借地人は、借地権付建物の担保評価が下がるなどの不利益を被っているのが現状であることが明確になった。近時、承諾書に記載される借地契約解除の際の地主の通知義務違反が問題となった裁判例も出現するようになり、借地権付建物担保融資の実務現場は混乱を極めている(第2章第2節)。借地権付建物への融資の条件にさえなってしまっている感がある地主の承諾書徴求の慣行は、顧客志向の金融法務のあり方に反し、代替措置をとることが可能であるため、撤廃するべき悪慣行である(本章第1節)。しかし、代替措置をとったとしても、借地権付建物は、担保の対象とするに、あまりにも不安定な要因を持っているため、実務現場からは立法的措置が求められているのである。借地権は、建物保護目的からスタートし、借地権価格に見る高価な価値を持つ権利となり、昭和41年改正で譲渡・転貸の途が開けたことにより、一定の役割を終えたとする見解もあるが*128、一方、定期借地権付住宅の出現は、地上権方式による住宅供給、賃借権登記の増加等、借地権の性格に根本的な変容をもたらしつつある(第2章第3節)。借地権の担保化の要請は、存続保障の弱い、一般定期借地権を中心とする新しいタイプの借地方式にあるといえよう。
 正当事由制度の適用のない、期限が来れば確定的に終了する定期借地権の担保化の要請に応えるためには、どのような立法論を展開するべきであろうか。以下、平成元年に公表された要綱試案での論点@賃借権たる借地権に登記請求権をみとめるべきか、認めるとして賃借権たる借地権を抵当権の対象とすることを可能とすべきかA賃借権たる借地権の譲渡・転貸を認めるべきか(以上@Aは、昭和41年改正時には、賃借権の物権化論として論じられていた)B賃借権たる借地権を抵当権の目的することを可能とするならば、建物との権利関係の調整はどのように行うべきかC借地契約解除の際の地主の抵当権者への通知義務を法定化するか(Cは物権化論では解決できない問題である)、以上四点を中心に論じたい。
 
  2.借地権の登記請求権と借地権を抵当権の対象とすることの是非について
 
  平成元年に公表された要綱試案段階では、昭和41年改正時に起こったような賃借権の物権化に対する抵抗感を和らげるために、登記された賃借権たる借地権のみを抵当権の対象とすることとした*129。対象とするべきが、賃借権一般か賃借権たる借地権かという点については、改正の対象とされる法律が借地借家法であることからして、賃借権たる借地権のみを抵当権の対象とすることとしている。
 登記された賃借権たる借地権のみを抵当権の対象とすることに対しては、借地人に登記請求権を与えないと制度の有効性はない意見もみられた。その理由は、登記される借地権の割合が少ないことからして有用性は小さいこと*130、借地人が登記請求権を有しないと、地主が登記承諾料ともいうべき金銭的給付を求めるようになりその額の算定が困難になる*131等というものである。
 定期借地権付住宅の普及につれて、地主が自己の権利の保全のために登記に協力し、賃借権たる借地権の登記も増加している現状を考慮すると*132、賃借権たる借地権一般に登記請求権を認めることを議論する実益は低くなっていると思われる。また、地上権方式の定借マンションが普及するにつれ、借地権の登記があたりまえに行われるようになっていることも、定期借地権の場合に賃借権の登記を行うことの慣行化を加速する原因証書となっている。平成3年改正時に、借地権の担保化の構想が見送られた理由の一つに、登記された賃借権たる借地権の割合が少ないことがあげられていたが、定期借地権の普及に伴い、状況が変わったといえるのではないか。
 
  3.借地権の譲渡・転貸を認めるべきか
 
 平成元年の要綱試案は、賃借権の譲渡・転貸を禁じている民法612条の改正は念頭に置いておらず、借地権を担保にした際の抵当権の実行による借地権の移転については、旧借地法9条の3(現行借地借家法20条)を準用することとした。金融実務においては、建物競落人に対する借地権の譲渡が確実に行われるかどうかが重大な関心事であり、借地借家法20条の規定では十分ではないとして、地主の承諾書徴求の慣行などという病理的現象が起っているのである。
 原田純孝は、存続保障を緩和した新規借地を認めるという場合には、その権利の確保のあり方につき、もっとつっこんだ検討(例えば原則と例外との転換の可否など)がなされてもいいように思われるとし、特に定期借地権に関して原則的に612条を適用しないことの検討の必要性を示唆する*133
 存続保障が緩和されている定期借地権に関しては、むしろ、存続期間内の権利を強化することが制度の利用促進の要因となりえるのではないか。少なくとも、登記された定期借地権に関して612条の適用はしないとすることは検討に値すると思われる。
 
  4.借地権の抵当権と建物の権利関係の調整について
 
 平成元年に公表された改正要綱試案においては、賃借権たる借地権を抵当権の目的とした場合の建物の権利関係との調整について、まずは、民法の抵当権の規定を準用するものとした。その上で、建物と借地権が同一人に属する場合で、その一方のみに抵当権が設定された場合の権利調整について、@法定転借権が発生するとする考え方(借地権の担保化2(一)注1=民法369条2項後段の準用)A建物と借地権の一方に抵当権が設定された場合は、もう片方にも抵当権の効力が及ぶとするか、建物ある場合は、借地権と建物の両方を抵当権の目的としなければならないとし、常に両方に抵当権の効力を及ぼすとする考え方(注2=A案)B借地権と建物を常に一括競売に付するとする考え方(注2=B案)が示されている。各界から寄せられた意見にはばらつきがあり、それぞれの考え方に支持があったが、比較的@とBが多かった。@は土地建物の所有者が同じである場合の法定地上権制度にならったものである。A考え方については、常に借地権と建物の両方に抵当権を設定することを強制する理由に乏しいことに問題があるということと、借地権自体を独立で抵当権の対象とする途があるにもかかわらず、その方策を採らない場合にまで、効力を拡張するということに対する疑問が生ずる。Bは、借地権と建物の一括競売が行われなかった場合の競売の効力が定かではない点が難点である。結局@の考え方が、複雑なようで、建物の存立基盤が所有権である場合とパラレルに考察できるという意味において、最も論理的であるように思われる。
 要綱試案は、建物抵当権の効力が借地権にも及ぶとする判例理論を明文化することを問うている(注三)。この点に関しては、各界から寄せられた意見の大部分が賛成であり、登記された賃借権たる借地権のみを抵当権対象とすることができるという前提なので、明文化は必要であろう。
 さらに、要綱試案は、賃借権たる借地権について抵当権が設定された後に借地権者が築造した建物についての一括競売制度の導入を示している。賛成意見が多数であったが、前記Bと同様に、一括競売が行われなかった場合の効力が定かでないという難点が存する。
 
  5.借地契約解除の際の地主から抵当権者への通知義務の法定化
 
  要綱試案は、本稿で問題とした地主の借地契約解除の際の抵当権者への通知義務を法定することを示しており、この点についての各界意見は圧倒的多数が賛成であった。しかし、結果的に借地権の担保化が見送られた理由の一つに地主の通知義務の法定化をする根拠に乏しいことがあがっている。しかし、要綱試案段階では、地主の通知義務の法定化は借地権の担保化の必要条件としてあがっており、地主サイドからの反対意見はあったものの、ほぼ合意内容として固まっていたともいえるのである。
 要綱試案は、登記した借地権の抵当権者に対する通知義務を示しており、建物抵当権者に対する通知ではない。要綱試案は、解除のときから相当期間前にその借地権の抵当権者にその旨の通知をしなければならず、地主が抵当権者に対する通知を欠いたまま契約の解除又は地上権の消滅の通知を欠いた抵当権者に対抗することはできないものとしている。手続き的には、仮に通知を怠ったまま解除しても、地主は借地権登記の抹消を行うには借地権の抵当権者の承諾書の添付を要することとなるであろうから(不動産登記法146条参照)、通知を受けていない抵当権者は、承諾書交付の機会に通知を受けていない旨を主張することができる。登記に協力した限りは、借地権を担保の目的とすることを了承したものと認めることができるので、このような通知義務を課すことはことさら問題となるものではないとするのが立法担当官の寺田逸郎の考え方であった*134
  通知すべき抵当権者の範囲などについて検討するべき課題はあるものの*135、借地権の担保化構想の見送りの大きな要因となるほどの困難性があったとは考えられない。
 
 第3節 残された課題
 
 本章第1節で述べたように、地主の承諾書徴求の慣行を撤廃し、建物の権利関係の調整等の課題を克服して仮に、借地権の担保化が実現したとして、今後に残された課題は何であろうか。
 要綱試案に示されていた借地権の担保化が見送られたことによって、借地上建物の建築資金の調達のために建物建築前の借地権を担保として供することはできなくなった。
第1節で述べた立法論をとるとすると、借地権に設定された抵当権の効力が及ぶ範囲は明確になり、定期借地権の場合には、借地権の譲渡・転貸を自由に行うことができるものとすることも検討し、借地契約解除の際の地主の借地権抵当権者への通知義務が法制化されることとなる。もちろん、建物建築以前の借地権を抵当権の目的とすることが可能となる。
 このような要綱試案のとる立法の方向性自体に疑問を呈する意見がある。山野目章夫 は、建物がない状態での賃借権たる敷地利用権原の担保化を可能とするものであり、そのこと自体が、要綱試案の立法提案の、土地の現実的利用からは遊離した借地権の商品化を企てる性格を裏書きしているとする*136。山野目は要綱試案の借地権の担保化に関する第四の二2(一)が、多くの注記や別案併記を伴う複雑な案文になっていることにが、建物の権利との調整という課題が法技術的な難度が高いという側面による部分はあるとしながら、現実の建物所有とはかけはなれたところでの観念的な借地権の担保化を押し進めようとする立法提案の本質を露呈したものであるとする*137
 バブル経済時の要請は、土地の流動化を阻害する正当事由制度に守られた借地権・借家権の排除であり、結果的に、定期借地権制度・期限付借家制度の導入、正当事由の判断基準の明確化という形で、借地借家法制の歴史が築いてきた借地権・借家契約における存続保障制度の見直しがはかられた。一方、バブル経済の最中では資産価値の高い借地権を担保とする方策も検討された当然であろう。山野目の指摘はまさにここにあるのである。
 山野目は、建物未建築状態の借地権を担保として融資を行うことに対し警邏を発している。借地人が必ず建物を築いて土地を現実に利用する保障がなく、むしろ借地権の転々の譲渡を通じて利益を追求することがありうる点において、建物が既に存在する場合の借地権に抵当権を設定する場合と異なるという*138。無節操な不動産担保融資がバブル経済後の土地問題に及ぼした影響は、はかりしれないものがあり、建物建築予定のない借地権まで担保に供する途を開くことが、バブル経済を助長することになるのではないか、という危ぐである。
 本稿においては、定期借地権付住宅の普及に伴う借地権の変容に注目し、現代におけ
る借地権の担保化の法制化の意義を問い直した。登記された賃借権たる借地権を専ら担保化の対象とし、主なターゲットを定期借地権付住宅の資金調達のための担保化としたが、今後バブル期のような経済情勢が再到来した場合に、山野目が指摘するような借地権担保の悪用による建物所有を伴わない観念的価値としての借地権の一人歩きが懸念されることになる。建物所有目的で設定されたはずの賃借権が、実は建物所有を目的としないものであった場合、借地契約の用途違反で契約解除をすることも可能であろうが、要綱試案や本稿で提示した立法私案は、この場合、地主には抵当権者に借地契約解除の通知義務が発生するので、抵当権者は代払いの機会を得ることとなる。
 その他、建物と借地権の権利関係の調整は高度で複雑な課題であり、本稿で最終結論を出すことはできなかった。また、民法612条の大原則の見直しについては、定期借地権に限定して行うべきかどうか十分な考察を行うことができなかった。さらに、借地契約解除の際の地主の借地権抵当権者への通知義務の法制化にあたっては、通知が到達しない場合の借地契約解除の効力をどのように考えるか等、借地権の担保化の法制化にはさらに細部に渡る検討が必要である。
 以上、建物建築予定のない借地権の担保化が引き起こす問題点と、借地権の担保化の法制化に向けての細部に渡る法技術の検討を今後の課題とし、本稿においては、借地権の担保化の実務現場からの要請を踏まえた極めてラフな構想を提示するに止めたい。今後は、特に定期借地権付住宅、建物譲渡特約付借地権の利用状況に関する実態調査など踏まえ、借地権の担保化の現代的意義を追求していきたい所存である。
総括
 
  実務上、借地権付建物を担保に融資を受ける際に、生じている不都合に接したことを発端となって、借地権の担保化を本稿の課題とすることとなった。「銀行は、借地権者に冷たい」水本浩の言葉に端的に表されているように、融資を受ける借地権者の立場は借地権の持つ価値の程に、優遇されているとはいえない。本稿の課題は、過去議論された借地権の担保化の構想を振り返り、実務上何が障害となって借地権が担保の対象として不適切なにかを明らかにし、現代における借地権の担保化の意義を踏まえながら、立法論を展開することにある。最後に、本稿で検討した結果をまとめて、若干の私見を述べたい。
  第1章では、過去二回の借地借家法改正時において、見送られた借地権の担保化の構想について歴史的考察を行うとともに、借地権の担保化の前提条件といわれる借地権価格の発生の背景及び過去二回の借地借家法改正時の社会的背景を振り返り、借地権の担保化の要請が、どのような要請のもとに検討され、どのような法制度として提示されたかを明らかにした。その結果、昭和41年改正時には、賃借権の物権化の流れの中で、賃借権たる借地権は、地上権たる借地権と一本化し、完全な物権として位置づける方向で検討されていたことが明らかになった。現実には、昭和32年頃から順次法務省によって示されたいくつかの案に対しては、地主サイドの抵抗はあったものの、借地権の担保化に対して比較的積極的な意見が多かったのである。産業界からの要請としても、土地所有に圧迫されずに安心して資本の投入ができる法整備が必要とされていた。最終的にこの時の改正は、借地権の譲渡・転貸等に関する代諾許可裁判制度の導入等にとどまることとなる。
 しかし、代諾許可裁判の制度は、借地権譲渡の途を開くことになり、借地権は、限りなく物権に近い権利となり、高価な借地権価格を伴う財産権となった。また、借地方式による宅地分譲がさかんになり、再び、借地権を担保とする際の法的不備が問題とされるようになり、平成3年改正に向けて検討が開始されることとなる。平成3年改正に向けての作業の力点は、借地借家関係の流動化を阻害する要因であるとされた正当事由制度の見直しにあった。一方、飛躍的に財産的価値を高めた借地権そのものにも注目が集まり、資産の対象として流動化させるための担保化論がさかんになった。しかし、バブル経済の崩壊とともに、借地借家法改正の要請自体、改正作業が始まった当初とは異なった方向性をとるようになり、その中で、借地権の担保化の構想は必要不可欠なものとみなされなくなったせいか、再び見送られることとなってしまう。
 第2章においては、借地権担保が何故利用しにくいものとなっているのか、法的な不備を明らかにし、これまでの判例と実務が借地権担保に対し、どのように対応しているのかを考察した。特に地主が抵当権者宛に差し出している承諾書徴求の悪慣行が実務現場に混乱をもたらし、最近では承諾書の効力を巡る判例も出現するようになった。そして、定期借地権付住宅の出現により、これまでとは異なった方向から借地権の担保化に対する要請が起こるようになったことを紹介した。
 第3章においては、第1章、第2章における検討を踏まえて、まずは、現在の金融実務の慣行である地主の承諾書徴求の不要論を展開し、そして、借地権の担保化に必要な立法提言を行った。最後に、立法化が実現したとして、どのような課題が残るかという点を検討した。今後バブル期のような経済情勢が再到来した場合に、建物所有を伴わない観念的価値としての借地権の一人歩きが懸念されることになる。その他、建物と借地権の権利関係の調整、民法612条の大原則の見直しの対象範囲、借地契約解除の際の地主の借地権抵当権者への通知義務の法制化の問題点など、借地権の担保化の法制化にはさらに細部に渡る検討が必要である。
 今後は、特に定期借地権付住宅、建物譲渡特約付借地権の利用状況の動向など踏まえ、借地権の担保化のさらなる現代的意義を追求することが課題である。

*1 水本浩「借地権付住宅の新しい現象形態」ジュリスト803号13頁。
*2 ボアソナード「賃貸借に関する再次の意見書に対する答案」〔1888年10月26日付〕学振版・民法編纂に関する諸意見並雑書(一)参照。
*3 民法上では、土地と建物を別個の不動産とする明確な規定はなく、抵当権に関する370条が間接的に規定しているにとどまる。しかし、不動産登記法上では、土地と建物は別個の不動産として扱われている(例えば、不動産登記法14条では登記簿は土地登記簿及び建物登記簿の二種類とする旨が規定されている)。
*4 登記実務も賃借権に抵当権の設定を認めてない(香川保一編著『全訂不動産登記法書式精義(中)』テイハン(1979)134頁)。反対説は、建物所有を目的とする土地賃借権は、地上権と同視できるとして、土地賃借権を準物権として民法369条2項の類推適用により抵当権の設定も可能とする(鈴木禄弥『借地法(下)』(1979)1371頁。
*5 新銀行実務の共同研究「借地上建物の担保取得と借地権自体の担保」金融法務事情1016号33頁。
*6 最判昭和44年3月28日民集23巻699頁。
*7 たとえ借地上建物の無断担保設定禁止特約があったとしても、信頼関係を破壊するに足りない特段の事情があるときは、契約を解除することはできない(最判昭和44年1月31日判例時報548号67頁)。
*8 建物所有者の債務不履行による賃貸借契約の解除の場合は、土地所有者は、建物収去を請求することができる。ただし、借地上の建物に抵当権を設定した借地権者が借地権を放棄しても、抵当建物の競楽人に対抗できない(大判大正11年11月24日大審院民事判例集1巻738頁)。
*9 東京高判昭和56年9月24日金融法務事情1369号44頁。
*10最判昭和40年5月4日民集19巻4号811頁、判例時報415号19頁。学説も、借地上建物の譲渡と賃借権の帰趨については、建物と共に移転したとみなすは当然とする(原田純孝「賃借権の譲渡・転貸」民法講座5契約編集代表星野英一(有斐閣1985)306頁以下、道垣内弘人『担保物権法』有斐閣83頁、近江幸司『担保物権法』(新版)83頁等)。
*11 「借地上建物の担保取得における実務上の留意点」金融法務事情1369号64頁。
*12 水本浩「借地権の担保」NBL266号20頁。
*13 東京高判昭和56年9月24日判例タイムズ454号105頁。東京地判昭和56年10月30日判例時報1045号100頁。ただし、有力学説は、賃料不払いを理由とする借地契約解除の際、土地所有者は地上建物の抵当権者に対する催告を要するとする(鈴木禄弥『借地法上』576頁、篠塚昭次『注釈民法(15)』219頁)。
*14高橋恒夫「借地上建物担保の設定手続」堀内仁監修『銀行実務判例総覧』619頁。
*15 賃借権の物権化の意義の詳細については、原田純孝「賃借権の物権化の現代的意義について」不動産研究20巻4号42頁。賃借権の強化をすべて物権化ととらえることに反対の立場も存在する(水本浩「賃借権の物権化を巡る若干の諸問題」私法29号307頁)。
*16 「借地借家法改正の動向」法律時報29巻3号31頁(1957)。昭和32年法務省民事局参事官室「借地借家法改正の問題点」第一参照。
*17  我妻栄「賃貸借法概説」法律時報29巻3号等参照。以下引用。「われわれの生産と経済の大部分は、土地や建物を物質的に利用することを土台として、その上に成立する。ところが、その土台となる土地や建物を自分で所有するものはますます少なくなり、他人の土地や建物を借りてそれを土台とする割合がますます多くなりつつある。従って、この地位を強化しないと、その上に築き上げられた生活と経済とかが脆弱になり、社会経済の発展が阻害されることとなる」。「それ(賃借権の物権化が所有権の機能を弱化し、土地の利用・改良を等閑にさせるという見解)は、土地所有権の機能が実際上、既に以前から単なる地代徴収権に化していることを理解しない空論である。社会経済的立場からいえば、かえって利用者の地位こそ確保する必要がある」。
*18  瀬川信久『日本の借地』(有斐閣1995)3頁。
*19  水本浩『借地借家法の基礎理論』(1966)、甲斐道太郎『土地所有権の近代化』(有斐閣1967)等参照。
*20 瀬川信久『日本の借地』(有斐閣1995)4頁。
*21 「借地・借家法改正の問題点」の説明(別冊NBL17号)12頁以下。
*22 高島良一『借地借家法』弘文堂2頁(1961)。
*23 大審判大正9年10月14日民録26号1416頁。
*24 最判昭和28年12月14日民集7巻12号1401頁。
*25 大審判昭和6年5月13日法律新聞3273号15頁。
*26 旧民法財産編348条・350条。原田純孝「賃借権の譲渡・転貸」民法講座5契約編集代表星野英一(有斐閣1985)299頁以下参照。
*27 福島「日本資本主義と私法(四)」法律時報25巻4号32頁。高島良一「土地所有および利用関係を中心として」早稲田大学比較法学2巻1号66頁以下。
*28 大審判明治43年12月2日民録873頁。
*29 大審判大正10年7月11日民録1378頁。大審判昭和6年9月28日法律新聞3321号7頁。
*30 我妻=広瀬「賃貸借判例法(二)」法律時報12巻3号2頁以下。注釈民法(15)160頁等。
*31 星野英一『借地・借家法』法律学全集26(有斐閣1969)383頁。
*32 原田純孝「不動産賃借権の譲渡・転貸(一)」東京大学社会科学研究所紀要36巻5号3頁(1985)。
*33 契約書に賃貸借という文字があるようなケースでも、賃借権であるとはいえない(大審判明治34年7月5日民録7号7巻36頁)。定期に地代を支払うことのみをもって賃貸借とすることはできない(大審判明治32年1月22日民録5号34頁)。
*34 鈴木禄弥『借地法上』現代法律学全集14(青林書院新社1971)15頁。
*35 鈴木禄弥『借地法上』現代法律学全集14(青林書院新社1971)17頁。
*36 例えば、大審判大正9年11月11日民録26号1700頁は、「賃貸人が建物所有ものために、土地の賃貸借を為したる以上は、建物の朽廃に至る迄之を存続せしむるの約旨なりと認定し得られざるにあらず。」とした。
*37 原田純孝「賃借権の譲渡・転貸」民法講座5契約編集代表星野英一(有斐閣1985)316頁以下。
*38 鈴木禄弥『借地法上』現代法律学全集14(青林書院新社1971)49頁。
*39 廣田尚久『不動産賃貸借の危機』(日本経済新聞社1991)181頁。
*40  対談稲本洋之助・水本浩「借地・借家法改正問題の現状と展望」法律時報58巻5号30頁以下。
*41  借地借家法38条の期限付借家制度は、平成11年12月9日に成立した「良質な賃貸住宅等の供給を促進する特別措置法」によって改正され、「転勤・療養・親族の看護」等の場合に本拠地を賃貸する場合に限らず、広く一般的な定期借家制度となった。施行は来年3月1日からとなっており、既存の借家契約には適用されない。
*42  なお、この立法方式は、近時国会に上程された定期借家権導入を根幹とする「良質な賃貸住宅等の供給の促進に関する特別措置法案」にも取り入れられ(附則3条)、既存の借家契約には、定期借家制度の適用はないこととなっている。
*43  第51国会参議院法務委員会議録26号3頁〜4頁、政府委員法務省民事局長新谷正夫氏答弁。
*44  水本浩「借地権の譲渡・転貸」法律時報38巻10号38頁。
*45  座談会「改正借地借家法と銀行取引の問題点」金融法務事情447号7頁。
*46  水本浩「賃借権の物権化を巡る若干の諸問題」私法29号304頁。
*47 『借地・借家法改正に関する問題点の説明』別冊NBL17号12頁。
*48  原田純孝「借地権の担保」法律時報58巻73頁。
*49  水本浩「借地権の担保」別冊NBL10号130頁以下。
*50  水本浩「借地権の担保」別冊NBL10号131頁。
*51  水本浩「借地関係の再編成」土地問題双書20参照。借地権担保研究会「借地の活性化と借地権の担保」ジュリ803号13頁以下、808号74頁以下等参照。
*52 原田純孝「借地権の担保」法律時報58巻74頁。
*53 原田純孝「借地権の担保」法律時報58巻74頁。
*54 原田純孝「借地権の担保」法律時報58巻74頁以下による。
*55 法務省民事局参事官室『借地・借家法改正の問題点』(商事法務研究会1987)26頁。
*56 別冊NBL17号参照。
*57 別冊NBL20号93頁。
*58 建物について設定された抵当権の効力は、従たる権利としての敷地の借地権にも及び、その抵当権の実行により、競落人が建物所有権を取得した場合には、その建物が取り壊しを前提とする価格で競落されたなどの特段の事情がない限り、建物の所有に必要な敷地の賃借権も競落人に移転する(最判昭和40年5月4日民集19巻4号811頁)。
*59 以下の各界意見は、『借地・借家法改正要綱試案=「試案」の説明・各界意見の分析を中心に』NBL21号124頁以下による。
*60 寺田逸郎民事月報47巻1号80頁。
*61 法務省民事局参事官室編『一問一答 新しい借地借家法』商事法務研究会151頁参照。
*62 星野英一「借地・借家法の改正」法学教室136号22頁。
*63 原田純孝「借地権の担保」法律時報58巻76頁。
*64 明治文化史12生活編229頁。白羽祐三「わが国における借地権の発展」法学新報67巻9号30頁。白羽論文は、借地権がどうして賃借権として構成されるようになったかについて詳しい。
*65 瀬川信久『日本の借地』有斐閣106頁。
*66 瀬川信久『日本の借地』有斐閣107頁。
*67 瀬川信久『日本の借地』有斐閣165頁。182頁。
  水本浩「借地借家法改正に関する意見・要望」法律時報資料版4号41頁。
*68  瀬川信久『日本の借地』有斐閣183頁
*69  最判昭和37年6月6日民集16巻7号1267頁。
*70  瀬川信久『日本の借地』有斐閣129頁。
*71  以下は、竹村忠明『借地借家法と補償』(清文社1995)287頁以下による。
*72 「借地法改革は万全を期して」昭和31年8月9日 毎日新聞(朝刊)社説。
*73 「借地借家法改正の動向」法律時報29巻3号30頁以下。
*74 「借地借家法改正の動向」法律時報29巻3号33頁。
*75 「借地借家法改正の動向」法律時報29巻3号33頁。
*76 「借地借家法改正の動向」法律時報29巻3号33頁。
*77 水本浩「借地権の担保」別冊NBL10号130頁。水本浩「新規借地の衰退と借地関係の変貌」ジュリスト803号13頁。
*78 水本浩「借地権の担保」別冊NBL10号131頁。
*79 昭和49年建設省報告書『借地方式による住宅建設事業の推進について』参照。
*80 鎌田薫、山田伸尚「借地関係における正当事由の判断要素の明確化」ジュリスト93号93頁(1989)。
*81 同じく昭和59年に、国土庁土地局・日本システム開発研究所は『借地による宅地利用の促進方策に関する調査報告書』を、日本経済研究所は、『民間活力によるプロジェクト推進』をまとめている。
*82 稲本洋之助『借地制度の再検討』日本評論社7〜8頁(1986)。
*83 寺田逸朗「借地・借家法改正へのストライド」(一)登記研究500号147頁〜148頁。
*84 水本浩「銀行は借地権者に冷たい」金融法務事情1076号2頁。
 金融実務では、借地上建物の担保評価については、例えば、東京都民銀行では、以下のような取り扱いがされていた(大西武士「実務の道標・借地上の建物の担保評価」金融法務事情800号3頁)。@地上権に抵当権を設定している場合、賃借権に質権を設定している場合(地主の同意を必要とする)には、建物価格プラス借地権価格が担保物権価格となる。だし、建物所有者の賃料不払いに注意する必要がある。A土地賃借権に抵当権を設定することは不可能であるが、建物抵当権設定について地主の承諾があるときは、建物価格プラス賃借権価格が担保物件価格となる。ただし、建物滅失、建物所有者の賃料不払等に注意する必要がある。B土地賃借権に質権設定もなく、地主の承諾もないときは、建物価格のみが担保物件価格となる。つまり、地主の承諾のもとに賃借権に質権を設定するか、建物に抵当権を設定しないと、担保評価は建物のみとなっしまい、高価格な借地権は担保として評価されないのである。
*85 座談会「改正借地借家法と銀行取引の問題点」金融法務事情447号6頁香川保一発言参照。。
*86 宇都木旭「借地権の担保」借地借家法の現代的諸問題3日本評論社(1986)214頁。
*87
*88 水本浩「借地権の担保」別冊NBL10号139頁。
*89 通常、抵当権設定契約書には以下のような条項が挿入されている。
第○条(借地権)
 抵当権設定者は、担保物件の敷地が借地の場合、借地権に関し下記の各号を承諾いたします。
1 担保物件の借地期間が満了したときは、借地借家法第22条・第23条・第24条の定期借地権を除き、直に借地契約継続の手続きをとります。
2 土地の所有者に変更があったときは、直に貴社に通知し、または借地権の種類・内容に変更を生ずるときは、あらかじめ貴社に通知します。
3 解約・賃料不払、借地権の種類・内容の変更その他借地権の消滅をきたすよなおそれのある行為をしません。また、このようなおそれのあるときは、借地権保全に必要な手続きをとることはもちろん、建物が滅失した場合にも、貴社の同意がなければ、借地権の譲渡・転貸その他任意の処分をいたしません。
4 担保物件が、火災その本により滅失し、抵当権設定者、債務者および連帯債務者が建物を建築する場合には、直に借地借家法第10条2項の所定の掲示を行った上、速やかに地主の承諾を得て建物を築造してこの抵当権と同一内容・順位の抵当権を設定します。また、直に建物の建築をしない場合は、保険金等によって弁済しても、なお残債務があるときは、借地権の処分について貴社の指示に従うものとし、貴社はその処分代金をもって本契約に関わる債務の弁済に充当することができます。
*90 最判昭和44年3月28日民集23巻3号699頁、最判昭和52年3月11日民集31巻2号171頁。
*91 建物所有権と借地権者が異なる場合がある。実務上、借地権価格が高いため、建物だけを贈与する場合は多々ある。
*92 宇都木旭「借地権の担保」借地借家法の現代的諸問題3日本評論社(1986)205頁。田中整雨・注釈民法(2)有斐閣(1974)413頁。
*93 最判昭和52年3月11日金融法務事情829号29頁。
*94 宇都木旭「借地権の担保」借地借家法の現代的諸問題3日本評論社(1986)206頁。
*95 香川保一『担保(改訂)』金融財政事情研究会(1961)167頁、鈴木禄弥『借地法(上)』1369頁。
*96 柚木馨=西沢修・注釈民法(9)有斐閣(昭和57年)。我妻新訂担保物権法273頁。
*97 澤野順彦「賃借権譲受承諾許否の程度」ジュリスト803号35頁。
*98 最判昭和35年12月20日民集14巻14号3130頁。
*99  宇都木旭「借地権の担保」借地借家法の現代的諸問題3日本評論社(1986)208頁参照。
*100 金融法務事情1439号(1996年1月5日号)10頁以下に掲載された《都市銀行法務部室長匿名座談会2顧客志向の金融法務とは何か》「二顧客志向の具体例7建物融資と火災保険質」によると、火災保険を質権にとる場合は、借地上建物を担保にとる場合が圧倒的に多く、一般には、いつ起こるかわからない火災のために保険をかけさせて質権まで設定するメリットはあまりないという。
*101 大審判大正11年11月24日民集1巻738頁、最判昭和29年10月7日民集8巻1816頁。
*102 東京高判昭和56年9月24日判例タイムズ455号105頁。
*103 最判昭和37年3月29日民集16巻3号662頁。ただし、学説上は解除の前提として、転借人等に対して催告が必要であるとする見解も有力である(鈴木禄弥『借地法上』青林書院新社(1971)572頁、星野英一『借地・借家法』有斐閣(1969)376頁)。
*104 「地主の承諾書の徴求」銀行取引最前線・金融法務事情1111号48頁。
*105 小澤征行他「借地上建物の担保取得と借地権自体の担保」新銀行実務の共同研究・金融法務事情1016号37頁。座談会「改正借地借家法と銀行取引の問題点」金融法務事情447号9頁。
*106  鈴木正和「法務相談・地主の承諾書の取り扱いについてー宗教法人の場合ー」金融法務事情1042頁。
*107 『銀行窓口の法務対策2500講(下巻)』金融財政事情研究会177頁。
*108 @事件A事件に対する評釈として竹屋芳昭判例評論1543号224頁以下がある。
金融法務事情1404号43頁以下の「最新金融判例に学ぶ営業店OJT借地に関する念書の有効性」においては、@事件の結果をみて、念書の効力自体に疑問を呈している。
*109 伊藤博和「定借マンションの動向」住宅1997年8月号40頁。
*110 小林秀幸「脱・使い捨ての新型定借」日経アーキテクチュア(1994)参照。
*111 伊藤博和「定借マンションの動向」住宅1997年8月号41頁。
*112 伊藤博和「定借マンションの動向」住宅1997年8月号40頁。
*113 升田純「新借地借家法ABCC借地権と対抗問題」NBL503号18頁。
*114寺田逸郎「借地法の見直しと金融実務〜借地権の担保化を中心に」金融法務事情1242号74頁。
*115 山野目章夫『定期借地権論』一粒社(1997)180頁。
*116 升田純「新借地借家法ABCC借地権と対抗問題」NBL503号18頁。
*117 平成4年7月7日法務省民三第三九三〇号民事局長通達。
*118 寺田逸朗「借地・借家法の改正について」民事月報47巻1号106頁。
*119 稲本洋之助は、定期借地権の導入が、借地権の性質一般を定期借地権化させたとする(稲本洋之助「新借地借家法における借地権の概念」法律時報64巻6号12頁)。
*120 都市問題実務研究会編『事業用借地権の全て』民事法研究会(1994)90頁以下参照。定期借地権の借地権価格は、契約終了時には限りなくゼロに近くなる。村田博史は、定期借地権は借地権価格の発生しない権利であるが、一定期間確実に存在する権利として評価が可能であるとする(「借地権の担保」ジュリスト1087号149頁)。澤野順彦は、その点で、今後定期借地権は、一定の評価の下で取引の対象とされる可能性があるとする(『借地借家法の現代的展開』住宅新報社(1990)260頁以下)。
*121住宅新報平成7年4月7日号「定借保証金融資に新手法」参照。
*122 吉田光硯「借地上建物の担保」法律時報58巻8号111頁
*123 廣瀬子之助監修「書式支払命令・公示催告・借地非訟の実務」民事法研究会(1993)413頁。
*124 水本浩「銀行は借地権者に冷たい」金融法務事情1076号2頁、吉田光硯「借地上建物の担保」法律時報58巻8号110頁にも、同様の指摘がある。
*125 拙稿「被災借地人の建物再築権」法の科学26号211頁司法書士復興支援本部相談分析結果表参照。
*126 拙稿「被災借地人の建物再築権」法の科学26号213頁。
*127 拙稿「被災借地人の建物再築権」法の科学26号219頁。
*128 廣田尚久「不動産賃貸借の危機」日本経済新聞社(1991)177頁。
*129 法務省民事局参事官室編「借地法・借家法改正要綱試案の説明」別冊NBL21号40頁。
*130 寺田逸郎・小野瀬厚「借地法・借家法改正要綱試案に対する各界意見の分析」別冊NBL125頁、東京借地借家人組合連合会の意見。
*131 寺田逸郎・小野瀬厚「借地法・借家法改正要綱試案に対する各界意見の分析」別冊NBL125頁、日本不動産鑑定協会の意見。
*132 もっとも、建物譲渡特約付借地権の場合は、土地賃借権登記による公示の途がないことから、賃借権自体を担保とする途も閉ざされることとなる。建物譲渡特約付き借地権の担保の問題点については、山野目章夫『定期借地権論』一粒社(1997)181頁以下を参照。
*133 原田純孝「借地権の担保」法律時報58巻78頁。
*134 寺田逸郎「借地法の見直しと金融実務」金融法務事情1242号76頁。
*135 寺田逸郎は、土地登記簿の記載された借地権の抵当権者に対する通知で足りるとする(「借地法の見直しと金融実務」金融法務事情1242号76頁)。
*136 山野目章夫『定期借地権論』一粒社(1997)185頁。
*137 山野目章夫『定期借地権論』一粒社(1997)186頁。
*138 山野目章夫「借地権の担保化新設規定の見送りと今後の課題」ジュリスト1006号91頁。