定期借家権推進の首謀者、建設省が吊し上げられた日
         (衆議院予算委員会建設分科会傍聴記)
                       河内支部   滝川あおい
はじめに
 本年2月17日水曜日、衆議院予算委員会建設分科会を傍聴しました。午後5時から、坂上富男議員が建設省に対し、定期借家権に関する質疑を行いました。初めての国会傍聴経験を、傍聴記としてまとめてみました。実は、この質疑は定期借家権導入反対グループの強い要望によって急遽、実現したもので、和歌山大学足立講師氏、借地借家人組合の船越氏等から得た情報を基に、坂上富男議員、某テレビ局ディレクター、私の三者は、前日16日の深夜、議員会館にて、議員の質疑内容の打ち合わせを行いました。その後、朝までかけて、荻原氏は、新聞記事集めを、私は質疑書の作成を行いました。東京大学原田純孝教授、山梨学院大学藤井俊二教授とは、当日の質疑の直前まで電話によって打ち合わせを行い、坂上議員に、より的確な質疑を行っていただけるよう、適切なアドバイスをしていただきました。この予算委員会での質疑は、まさに導入反対グループの英知の結集の結果、実現したものです。
 
(1)予算委員会における定期借家権質疑
 「定期借家権についての所轄の省庁は一体どこなんだ!」2月17日に開催された衆議院予算委員会建設分科会の議場に、坂上富男衆議院議員の太い声が響きわたった。「法務省が所管しています。」建設省住宅局長中氏が細々と答えた。「所管の法務省は借家人の立場になって慎重に検討をすすめた結果、法案提出はしていない。業を煮やした自民党等によって議員立法で提出された定期借家権法案を、建設省は何故、推進するのか!」坂上議員の容赦のない質問が次々と建設官僚に投げかけられていく。
 
(2)定期借家権法案とは?
 定期借家権、それは期限が来れば必ず明け渡さなければならない、正当事由制度(契約が終了した時に家主の自己使用の必要性等の事由がなければ解約ができないとする借家人保護制度)の適用のない借家制度のことである。定期借家制度導入を根幹とした借地借家法改正法案が自民党を中心とする議員によって国会に上程されたのは昨年の6月8日、それ以来この法案は一度も審議されることなく、いわゆる「ツルシ」と呼ばれる状態で現在に至っている。ここに来て、定期借家権法案審議が開始されるのできないか、という噂が永田町を駆けめぐっている。こんな法案が成立してしまえば、とんでもないことになる。期限が来れば明け渡さないといけないのであるから、引き続き家を借りたいと望む借家人は、大家が提示する新しい家賃を受け入れざるを得ない。「家賃値上げがイヤなら、どうぞ出ていって下さい。」大家に家賃値上げの格好の口実を与えるのが定期借家権制度なのである。実際、定期借家制度が導入されたイギリスでは、借家供給戸数も増えず、家賃が上昇するという現象が起こっていることが、イギリスで調査研究をした和歌山大学経済学部講師足立基浩氏によって実証されている。
 
(3)定期借家権を推進する自民・不動産業界・建設省
 国会における審議開始を望む自民党を全面的にバックアップしてきたのは、いうまでもなく、土地の流動化を強く望む不動産業界を中心とする経済界と、不動産業界と切っても切れない関係にある建設省である。まさに、政・官・民が三位一体となって推進されてきた定期借家権であるが、これまでその導入後の問題点が一般にあまり認識されなかったことの大きな要因は、建設省が定期借家権導入を誘導するために、恣意的に誤った情報を国民に与え続けてきたことにある。この日の坂上議員の予算委員会における質疑は、そういった建設省の姿勢を鋭く問いただすものであり、傍聴席にいる私にも建設官僚のうろたえぶりが手にとるように感じられ、圧巻であった。
 
(4)坂上議員、建設省へ連続パンチをくらわす!
 坂上議員は、建設省住宅局の審議会小委員会資料を手にして、まずは、その資料全体がそのまま定期借家権推進の資料となっていることを批判した。そして、その内容が正確ならまだしも、真実ではない記述によって、国民を恣意的に定期借家権推進の方向へ誘導しようとしていることが問題であるとした。具体的には、「日本において期限付借家制度は制度上あるものの要件が厳格で実例が少ない」としている部分に対して、賃貸住宅雑誌「ふぉれんと」を手にし、賃貸物件の紹介をしている頁を開いて、見開き2頁中にも、期限付借家制度が5件もあることを指摘した。ちなみに期限付借家制度というのは、転勤等によって借家の持主が不在の間、期間を限定して貸すことのできる借家制度である。建設省は、現実の住宅市場を十分に調査もせずに、現行の期限付借家制度は国民のニーズにあっていないと断定し、転勤等の場合に限定せず、全ての借家契約を正当事由制度の適用のない定期借家権とする必要があると世論を誘導しようとしたのである。「答弁はいいいから、もっと調査をして正確な資料をつけるように努力しなさい。」坂上議員は、中住宅局長に厳然と言い渡した。実際、期限付借家に関しては、リロケーションと呼ばれる賃貸住宅産業が都心部を中心に定着している。
 続いて、坂上議員の質問は核心に入っていく。坂上議員が指摘した、建設省審議会資料に添付されている「各国借家制度の概要比較表」の記述の不正確性は、以下のとおりである。この比較表では、日本の制度については正当事由制度によって解約制限が厳しく行われていると紹介しているのに対し、フランス・ドイツの場合は当事者間の自由な賃貸借が基本であるとしている。坂上議員が、この比較表の正確さについてフランス・ドイツの借家制度に詳しい学者に確認したところ、契約自由の原則を借家人保護制度によって制限しているのは、日本のみならず、フランス・ドイツも同様であるという。坂上議員は、法務省が一昨年に公表した資料との齟齬を指摘し、建設省審議会資料が、フランス・ドイツではあたかも定期借家権が存在するかのような誤解を与えかねない記述をしている点について追及した。そして、坂上議員は、このような建設省資料に基に、マスコミが、諸外国には既に定期借家権制度が存在し日本が遅れをとっているような誤った報道をしていることを、毎日新聞の記事を読み上げながら指摘した。まさに、マスコミが建設・自民・経済界に踊らされる形で定期借家権推進の音頭をとるという悲劇が起こってしまった現実に、傍聴席にいる私も驚きを隠せなかった。
 坂上議員の執拗な追及に対し、中住宅局長は建設省審議会資料が一般の求めに応じて公表されている資料であることを認めた上で、「マスコミがフランス・ドイツに定期借家権制度があるとしている部分は間違いである。」とし、「建設省の参考資料の記述は不正確ではない。」としながらも、「フランス・ドイツには定期借家権制度は存在しない。日本の正当事由制度による解約制限を過大に表現し、結果的に日本のみが極端に契約自由を制限されているように誤解を与えかねない記述となってしまった点申し訳ないと思う。」と建設省審議会資料の不正確さを事実上認める答弁をせざるを得なかった。
 「賃借人の居住の安定を著しく阻害する定期借家制度について、このようないいかげんな資料を国民に提供し、マスコミまで惑わして議員立法である定期借家権法案を推進するとは何事か。」坂上議員の追及は建設大臣にまで及んだ。「現在、わが国の賃貸住宅が狭小で、広げていく必要がある中で、貸す方にとっても、借りる方にとっても定期借家権制度は良い制度であるはずであるが、ご指摘のような問題点については、今後は是正しながら進めていきたい。」関谷建設大臣はこの日の答弁をこう締めくくった。
 
(5)初めての国会傍聴で溜飲が下がる
 この日の予算委員会分科会で坂上議員が定期借家権に関する質疑を行うという情報を得たのは前日の夜である。何がなんでも傍聴したいと思い、日程をやりくりして初めての国会傍聴を経験した。自民党・経済界が中心となって立ち上げた、関西定期借家権推進協議会の発会式に建設官僚が来賓として出席して挨拶する等、建設省が特定団体の利益のために行動をとることに対して、日頃から強い疑問を感じていた矢先のことである。この日、議員の質疑によって、行政が発する情報によって国民が一定の方向に誘導されようとしていることが明らかになり、その首謀者である建設官僚が追いつめられていく様を目のあたりにし、まさに溜飲が下がる思いであった。
 
(6)建設大臣に物申す
 関谷建設大臣に物申す。定期借家権導入によっては、ワンルームマンションの供給は増えても、大臣が求めるファミリー向けの借家は増えないことも足立講師のイギリスにおける調査研究によって実証されている。「指摘の点は是正しながら今後も(定期借家権を)進めていきたい。」とはなんという認識違いの答弁であろう。建設省が定期借家権に関して、法務省を飛び越えて関わる立場にはないことは建設官僚自らが答弁されたとおりである。建設省が、特定団体の利益のために、誤った情報操作をして国民全体を定期借家権推進の方向へ誘導しようとしていることの是非は、さらなる公の場で問われてしかるべきである。
 
おわりに
 国会議事堂には、はじめて足を踏み入れました。委員会室にたどり着くまでにはかなり厳重なプロセスが必要です。まず、紹介議員による事前の傍聴申請、迷路なような通路をたどっての、傍聴者入り口への道のり、議員秘書に案内してもらうのでなければ、とてもではないけれどたどり着けなかったと思います。持ち物検査・身体検査等を経てようやく重厚な委員会室に入ることができました。携帯電話・ポケットベルの持ち込みは禁止です。バッグ等はロッカーに預けます。メモを取りは可能でしたので、傍聴席と指定された後ろの席で、議員と建設省とのやりとりを拝聴しながら、できる限りメモをしました。答弁席の横では建設省・法務省の官僚が出番を待っています。いつも国会での質疑には慣れているようで、というか、議員のいうことなど、簡単に論破できると思っているようで、官僚達は、とても落ち着いて見えました。何もかもが物珍しいのでキョロキョロとあたりを見回していました。質疑が終わった議員にお礼を述べた後、又、迷路のような議事堂の中を通って帰途につきました。市民の声をこんなにも理解して官僚政治の打破を目指してくれる議員もいるではないか、勝利の快い安堵感が私を包んでいました。
 
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